ドビュッシー (1862~1918)

牧神の午後への前奏曲 (約10分)

 着想と表現の完全な一致、テーマの扱い方、透明な管弦楽法などにおいて、クロード・ドビュッシーの語法のひとつの到達点を示す傑作である。象徴主義の詩人マラルメは、自作の相聞牧歌『牧神の午後』の舞台化を考えているとき、ドビュッシーの歌曲集《ボードレールの詩》を聴いてその新しい響きに感銘を受けた。そこで詩の舞台用の音楽を作曲家に依頼したのである。当初ドビュッシーは、《牧神の午後のための前奏曲、間奏曲、そして最後のパラフレーズ》を計画したが、1891年2月27日と予告された舞台上演は立ち消えとなり、結局《前奏曲》だけが完成した。
 『牧神の午後』の詩では、シチリアの真夏の午後の森でまどろむ牧神が、薔薇(ばら)色の水の精への欲望と純粋な自然のたたずまいとの間で思い悩むさまが描かれる。暑さに圧倒されて動かない大気のなかを牧神の葦笛(あしぶえ)の音だけが流れていく。染み渡る音と自然の鮮やかな色、熟した木の実の味覚と感覚が豊かなイメージの連鎖となって広がっていく。作曲家によれば、曲は「おそらく牧神の笛の奥にある夢から残ったものでしょうか?もっと正確には詩の全体的な印象です。(中略)これは調を尊重していません!(中略)終わりは、最後の詩行『ニンフよ、さらば。私はおまえが成り果てた影を見ることにしよう』を引き延ばしています」。
 半音階で始まるフルートの有名なテーマがまずは無伴奏で、2回目はホ長調のテーマに対してニ長調の和音で、3回目は付加音のついたホ長調の和音で伴奏されるというように、確かに明確な調性感は避けられている。また提示部は属和音で終止するという古典的な枠組みは守られながら、テーマの末尾は自由に進展して響きの柔軟な扱いは確保される、といった手法も指摘できるだろう。さらに最初の展開部では、《ピアノと管弦楽のための幻想曲》で見られたテーマの全音音階的変容がより洗練された手際で聞かれたりもする。詩の官能性を反映する美しい中間部のあと、第2の展開部ではテーマは十分な調性感をもたされる。そして最後はホルンとヴァイオリンの重奏によるテーマにアンティーク・シンバルの透明な響きが付き添っていく。テーマを引き継いだフルートはその概要だけを聞かせて大気のなかへ溶解していくかのように消える。これは作曲家の言葉通り、テーマの「成り果てた影」の形なのだろう。マラルメの詩に導かれながらも、調性の枠にとらわれない響きによって20世紀の音楽につながる新しい表現がここに実現している。

作曲年代:1891~1894年
初演:1894年12月22日、ギュスターヴ・ドレ指揮、国民音楽協会

(松橋麻利)