モーツァルト (1756~1791)

歌劇「皇帝ティートの慈悲」序曲 (約5分)

 1791年9月6日、神聖ローマ帝国皇帝レオポルト2世がプラハにてボヘミア王としての戴冠式に臨んだ。その祝賀のためのオペラとして初演されたのが、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの《皇帝ティートの慈悲》(K.621)(ピエトロ・メタスタジオによる台本をカテリーノ・マッツォラが大幅に短縮・改作)。同地のイタリア・オペラ監督ドメニコ・グァルダゾーニは当初ウィーン宮廷楽長アントニオ・サリエリに作曲を委嘱しようとしたが断られ、1787年から宮廷作曲家を務めていたモーツァルトに白羽の矢が立ったのである。《イドメネオ》以来約10年ぶりのセリア系列のオペラ創作、しかも初演まで2か月もない時点(おそらく7月中旬)での緊急の依頼であった。当時は《魔笛》(K.620)や《レクイエム》(K.626)の仕事も抱えており、《皇帝ティートの慈悲》の創作はまさに突貫工事だったと想像されるが、円熟の極みにあるモーツァルトの筆はこの作品でも冴(さ)えている。
 題名にある「ティート」とは1世紀、実在のローマ皇帝ティトゥス・フラウィウス・ウェスパシアヌスのこと。物語は皇妃候補をめぐっての愛憎劇を軸として、皇帝暗殺未遂事件にまで発展するが、ティートは周囲の裏切りにも慈悲をもって許し、幕となる。序曲(4/4拍子、アレグロ、ハ長調)の主要主題では、《イドメネオ》にも似た華麗なファンファーレの前半部分に、強弱の対比とクレシェンドが効果的な後半部分が続く。一方、フルートとオーボエが主導する柔和な副次的な主題は、威厳を強調する主要主題との性格の差異を明確にする。《イドメネオ》の序曲にはなかった展開部でおもに主要主題後半の弱音部分を扱った後、再現部では副次主題に続いて主要主題が回帰し、皇帝の威厳と物語の大団円を暗示するかのような堂々たる終結に至る。

作曲年代:モーツァルト自身の『全自作品目録』には1791年9月5日付で記入されている。依頼から初演までの短さを考慮すれば、序曲は初演の直前に成立した可能性が高い
初演:1791年9月6日、プラハ国民劇場にて

(安田和信)