グリンカ (1804~1857)

幻想的ワルツ (約9分)

 グリンカは1835年にマリヤという女性と結婚するが、その結婚生活はすぐに破たんし、創作意欲の衰える日々が続いていた。そのような中、1839年のある日、妹のサロンでエカテリーナ・ケルンという女性と知り合い、グリンカはすぐに恋に落ちる。結局その恋愛は成就しなかったのだが、しばらくの間は相思相愛で、グリンカはケルンをミューズとし、「愛の告白」とも言うべき作品をいくつか残した。この《幻想的ワルツ》はその恋愛のさなかに書かれた一曲である。
 初めに書かれたのはピアノ独奏曲版だった。それをドイツ人のヨーゼフ・ヘルマンが管弦楽用に編曲し、その編曲によってこの曲は広く知られるようになる。その後、グリンカ自身も1845年に管弦楽用に編曲したが、どちらの編曲版もその後失われてしまい、グリンカは1856年再び管弦楽編曲を行い、それを決定版とした。
 曲はロンド風の3部形式と考えられる。冒頭の上昇型のフレーズに続いて、詩情あふれる優雅な主要主題が軽快なワルツの伴奏に乗って登場する。1856年3月に管弦楽編曲版が完成した際、グリンカは「この音楽は恋と青春の日々を思い起こさせるだろう」と友人への手紙に書いているが、この主題は若きグリンカが深く魅(み)せられたケルンの踊る可憐(かれん)な姿なのだろう。ときに力強い、ときに清澄な主題が挟み込まれるものの、この主要主題のもつメランコリックな詩情が曲全体の基調をなす。
 ロシアの高名な音楽批評家ボリス・アサフィエフは、「ロシアのワルツはすべてグリンカの《幻想的ワルツ》の中に含まれていている」と述べているが、確かにチャイコフスキーやグラズノフをはじめとするその後のロシアの作曲家たちの叙情的なワルツの源流は間違いなくここにある。

作曲年代:[ピアノ独奏版]1839年夏、[管弦楽版最終稿]1856年3月21日(旧ロシア暦では9日)
初演:1856年4月17日(旧ロシア暦では5日)、サンクトペテルブルクにて

(高橋健一郎)