ラヴェル (1875~1937)

左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調 (約19分)

 1929年から1931年にかけてラヴェルは生涯で初めてのピアノ協奏曲を同時に2曲書き上げた。そのひとつが、《左手のためのピアノ協奏曲》である。第一次世界大戦で右腕を失ったピアニスト、ヴィトゲンシュタインからの依頼を受けたラヴェルは、片手という特殊な技術上の制約にかえって意欲を刺激され、先に着手していたト長調のピアノ協奏曲と並行して作曲を進めた。《左手のためのピアノ協奏曲》は、軽快な明るさに満ちたト長調の協奏曲とは対照的に劇的で重厚な表現を備えており、ヴィトゲンシュタインは難易度が高すぎるとしてピアノ・パートを修正して初演を行った。《左手のためのピアノ協奏曲》にはとりわけ中間部にジャズの要素が存分に活(い)かされているが、それは1928年の、アメリカへの演奏旅行で触発されたものであった。新しい様式を積極的に取り入れた背景には、片手のみによる演奏の効果に独創性をもたせようとするラヴェルの意図を窺(うかが)うことができる。以後のラヴェルは脳疾患の症状が悪化し、これらの協奏曲がピアノを交えた最後の作品となったが、いずれも今日までピアノ協奏曲の最も優れたレパートリーに数えられる。
 1楽章形式だが全体は対比的な3つの部分から成る。冒頭はレント、3/4拍子。低弦による不安気な導入に始まり、低音の木管が2種類の主題を奏する。総奏へ達した後、独奏ピアノが登場し、片手という概念を払拭(ふっしょく)させるような、技巧的で華麗なカデンツァが奏される。中間部はアレグロ、6/8拍子。行進曲風の無骨な旋律が雰囲気を一転させた後、冒頭の主題がジャズ風に、時にアドリブのように聴こえながら、ファゴットからさまざまな楽器へ受け渡される。最終部分はレント、3/4拍子。総奏によって冒頭部分が再現された後、ピアノの流麗なカデンツァがそれまでの旋律を回想し、激しい盛り上がりを迎えて閉じる。

作曲年代:1929~1930年
初演:1932年1月5日ウィーン、パウル・ヴィトゲンシュタインのピアノ独奏、ローベルト・ヘーガー指揮、ウィーン交響楽団、楽友協会大ホール

(関野さとみ)