細川俊夫 (1955~)

嘆き(2013)(約22分)

 細川俊夫は40年近くヨーロッパ音楽の最前線で活動し、確固とした地歩を固めてきた作曲家である。5作のオペラをはじめ、委嘱は海外の音楽祭や演奏団体からがほとんど。NHK交響楽団が世界初演した《嘆き》もザルツブルク音楽祭の委嘱で、初演後、国内外で再演の機会に恵まれている。
 常にほの暗い響きをたたえた細川の音楽は、人としての根源的な悲しみのうたと解釈できる。「人は自然との一体感を求めているのに、人間そのものが自然を壊しつつあるという現実が《ヒロシマ・声なき声》以来のぼくのテーマ」(2012年4月のインタビュー)と述べているとおり、彼の筆は救いのない状況への想いに突き動かされてきた。東日本大震災の衝撃はまもなくヴィオラのための《哀歌》(2011年)とオーケストラのための《冥想》(2012年)という犠牲者への追悼の音楽に結実し、続く《嘆き》(2013年)とオペラ《海、静かな海》(2014年)では震災の津波で子どもを失った母親たちがクローズアップされる。海に消えた我が子を探してさまよい、祈りを捧(ささ)げる母親は、生者と死者を媒介するシャーマンでもある。細川は彼女たちの底知れない嘆きを、ゲオルク・トラークルの詩を借りて表現した。27歳で自殺を遂げる1週間前に書いた手紙の、苦悩から絞り出された詩人の言葉と、その頃の詩「嘆き」が歌詞として使われる。
 曲は5部分からなる。細川作品で「中心音」を担ってきたミ♭(Es)をバスとする和音が打楽器を伴って脈拍のように打たれる序奏に続いて、トラークルの手紙による第2部となる。ソプラノがミ♭(Es)で歌い始め、わずかな揺らぎから跳躍を含む歌唱へと発展する。トレモロの弦合奏が強弱の波を作り、不穏な空気を漂わせる中、語りを含むうたが切迫していく。ボンゴと大太鼓、小太鼓が一斉に連打する第3部〈間奏曲〉を挟んで、第4部は「嘆き」の詩がオーケストラの激しい楽想と拮抗(きっこう)しながら、高音域で装飾的な節回しを加えて歌われる。哀(かな)しい詩はうたへ、そして祈りへと昇華し、弦楽器の優しいモチーフと絡んで、母たちに死者との邂逅(かいこう)を思わせる救いをもたらす。暗闇に消え入るような短い後奏(第5部)で終わる。

作曲年代:2013年
初演:2013年8月25日、ザルツブルク音楽祭、フェルゼンライトシューレにて、シャルル・デュトワ指揮、NHK交響楽団、アンナ・プロハスカ(ソプラノ)独唱

(白石美雪)