ハイドン (1732~1809)

交響曲 第85番 変ロ長調 Hob.I-85「女王」(約22分)

 ヨーゼフ・ハイドンは1761年以来、ハンガリーの大貴族エステルハージ侯爵家の宮廷楽長を務めていた。その作品はもっぱら侯爵家のためのものであったが、1780年代に入って外部の作曲依頼に応えるようになる。1785~1786年の第82~87番、つまり6曲の「パリ交響曲」はパリの演奏会組織「コンセール・ド・ラ・ロージュ・オランピック」の依頼による。《第85番》の「女王」なるニックネームはアンボー社によるパリ初版(1787年1月)の表紙が初出で、フランス王妃マリー・アントワネットがこの作品を気に入ったという逸話に基づく。

 第1楽章は簡潔ながら、堂々たる性格の緩徐導入部(2/2拍子のアダージョ)を持つ。主部(3/4拍子のヴィヴァーチェ)の主要主題は滑らかな主旋律と、規則的な歩みでそれを支えるバスを特徴とする。それ自体が導入部の動機から派生したこの主題は、形を変えながら主部の各所に姿を現す。
 変ホ長調を採る「ロマンス」の第2楽章(2/2拍子のアレグレット)は、2拍目からの開始を特徴とする主題と4つの変奏。強弱対比が明確な第1変奏、拡大された短調の第2変奏、フルートの対旋律を伴う第3変奏、木管楽器の活躍と半音階に彩られた第4変奏の後、短いコーダで閉じられる。
 第3楽章(3/4拍子のアレグレット)はメヌエット。主部は明朗な性格を基本とするが、弱拍での逆付点リズムが意表を突く。トリオは木管のソロが活躍する田園舞曲風(レントラー風)な音楽。
 第4楽章(2/4拍子のプレスト)は最初のリズム型が随所に息づく軽快な主要主題によるロンド形式楽章。「主要主題→第1エピソード→主要主題→第2エピソード→主要主題→コーダ」と図式化できるが、主要主題の動機を共有する2種のエピソードのうち、第2は展開部を彷彿(ほうふつ)とさせるため、ソナタ形式とロンド形式の特徴を併せ持っていると言えるだろう。

作曲年代:おそらく1785~1786年。この推定は、《第85番》の自筆総譜(断片的に現存)には日付がないが、姉妹作の《第83番》と《第87番》には「1785年」、《第82番》《第84番》《第86番》には「1786年」の日付があることを根拠とする。3曲ずつ分けて書いたとすれば、1785年の可能性が高いだろう
初演:おそらく1787年に、パリのコンセール・ド・ラ・ロージュ・オランピックにおいて。指揮はおそらくヴァイオリン奏者のジョゼフ・ブローニュ・サン・ジョルジュ

(安田和信)