マーラー (1860~1911)

交響曲 第7番 ホ短調「夜の歌」(約80分)

 《交響曲第7番》の第2楽章と第4楽章には、マーラー自身が「夜の音楽(ナハトムジーク)」と名づけた楽章が配置されている。そのために、この交響曲に(特に日本では)「夜の歌」という通称が使われることが多いが、作曲家自身が作品全体に対して標題を与えた事実はない。
 マーラーは歌劇場監督の業務に忙殺される時期を外し、夏期休暇中に作曲活動に専心する習慣があった。1904年の夏はアッター湖畔のマイヤーニヒで《交響曲第6番》を仕上げ、続いて次作の一部となる2つの「夜の音楽」を書き上げた。同じ夏には《亡き子をしのぶ歌》の第2曲と第5曲も作られている。のちに妻のアルマに宛てて書かれた手紙によると、マーラーは翌年の夏、交響曲の続きを作曲するのに産みの苦しみを味わったらしい。ところが、湖でボートを漕(こ)いだ瞬間、第1楽章冒頭の印象的な序奏のリズムがひらめき、4週間で全曲を完成させたという。初演されたのは、マーラーがウィーンを追われてニューヨークに本拠地を移した1908年、長女を失った悲しみの地であるマイヤーニヒを引き払い、南チロルの保養地トブラッハで過ごした夏の休暇中のことであった。
 マーラーの作品に「夜」が登場するのはこれが初めてではない。《交響曲第3番》第4楽章にはニーチェの『ツァラトゥストラはこう語った』の詩が使われ、死を連想させる夜を永遠の存在として認め、「深い真夜中」を肯定する。また《リュッケルトによる5つの歌》の〈真夜中に〉では、苦悩に打ちひしがれる夜からの解放を神に祈る。《交響曲第7番》は、《第5番》と《第6番》の第1楽章同様、マーラーの神経質で悲観的な精神状態を投影させたかのような曲調の延長上にあるが、《第7番》での夜は、物憂げでメランコリックなロマン主義の香りを漂わせる。「夜の音楽」を表すドイツ語の「ナハトムジーク」「セレナーデ」「シュテントヒェン」等は18世紀末、夜に演奏する音楽を指していた。ウィーンでは夜の闇に包まれた野外に集う市民のために「夜の音楽」として管楽合奏(ハルモニームジーク)が演奏されたが、19世紀にはいると弦楽器とギターで演奏される作品が登場。「夜の音楽」はやがてロマン派特有の、甘美な夜を想起させる音楽、あるいは夜から導かれる人間の情動を表出する音楽へと移り変わる。
 《交響曲第7番》でそうした夜を表象するのは、特別に使用される楽器であろう。冒頭で注意を引くテノールホルンは、卵型またはテューバ型をしたB♭管のドイツ系の楽器であり、ややくぐもった音色が神秘的な夜の表現に適している。「ホルン」の名を持つが、歌口の特性上、トロンボーンもしくはユーフォニアム奏者によって演奏されることが多い。一方、第4楽章のギターとマンドリンは幻想的でノスタルジックな夜の雰囲気を醸し出すのに一役買っている。マンドリンは《第7番》のあと、《第8番》および《大地の歌》でも用いられた。

第1楽章 ゆるやかに(アダージョ)、ロ短調、4/4拍子~アレグロ・リソルート、マ・ノン・トロッポ、ホ短調、2/2拍子。ソナタ形式。たゆたうような弦・管の付点リズムを背景に朗々と旋律を歌い上げるテノールホルンの序奏主題は、テンポを上げてホ短調の主部へと至る。4度下行が特徴的なホルンとチェロによる前進力あふれる第1主題と高揚感のあるヴァイオリンの第2主題。展開部はこれらの主題や動機によって形成されるが、トランペットによる2度のファンファーレで遮られ、異次元に迷い込んだかのような場面が立ち現れる。
第2楽章 夜の音楽:アレグロ・モデラート、ハ長調、4/4拍子。2つのトリオをもつ行進曲。ハ長調とハ短調の間を揺れ動きながら進む。『こどもの不思議な角笛』の詩による歌曲〈死んだ鼓手〉の最後で、兵士の骸骨(がいこつ)が整列して並ぶ様子を描くリズムが、弦楽器のコル・レーニョ奏法で再現されている。ヘルデングロッケン(カウベル)が遠くから聞こえ、夜の森や野を行進する情景が広がる。
第3楽章 スケルツォ:影のように、ニ短調、3/4拍子。トリオをもつ3部構成。ワルツがパロディ化され、グロテスクな3拍子が展開される。優雅に踊る男女の姿は魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する光景に置き換えられる。まさにマーラー流の「死の舞踏」だ。
第4楽章 夜の音楽:アンダンテ・アモローソ、ヘ長調、2/4拍子。3部構成。ギターとマンドリンの室内楽的な響きが優美な表情をのぞかせ、恋人の窓辺で愛を歌うロココ風の「セレナーデ」の性格を強調する。
第5楽章 ロンド・フィナーレ:テンポ・プリモ(アレグロ・オルディナリオ)、ハ長調、4/4拍子。ここまでの陰りのある楽曲展開を打ち破るように、土臭いまでに荒々しいティンパニで開始する。ロンド主題の主部は変形しながら8回現れ、そこへエピソードが織り込まれてゆく。これらは一貫性のない音の饗宴(きょうえん)にも聞こえるが、終盤に第1楽章の主題が輝かしく登場することによって橋渡しが行われ、シンメトリー構造をなす5つの楽章が結ばれる。

作曲年代:1904年夏に第2、第4楽章、1905年夏に第1、3、5楽章をマイヤーニヒで作曲
初演:1908年9月19日、プラハ。作曲者自身の指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(山本まり子)