ショスタコーヴィチ (1906~1975)

交響曲 第7番 ハ長調 作品60「レニングラード」(約73分)

 第二次世界大戦時、ドイツ軍のソ連侵攻が始まった直後の1941年6月末にドミートリ・ショスタコーヴィチは軍隊入りを志願する。この希望は認められなかったものの、7月には人民義勇軍に入隊し、レニングラードの防壁作りなどの作業にあたった。続いて消防隊員に配属され、勤務地である音楽院の屋根の上で火事の監視役を務めている。レニングラード市民と共に闘おうとする急(せ)くような気持ちは、ほどなくショスタコーヴィチを《交響曲第7番》の執筆へと駆り立てた。
 7月から一気呵成(かせい)に書き進め、最初の3楽章はレニングラードで書き上げている。この間、ドイツ軍は侵攻を進め、9月4日にはレニングラード市内への爆撃が、6日には包囲による封鎖が始まった。すでに多くの芸術家、アカデミー関係者が疎開しており、ショスタコーヴィチ一家も当局からの命令で10月1日にレニングラードを離れた。最終的な疎開先は南シベリアのクイビシェフで、ここにボリショイ劇場本館の関係者たちと移り住み、最終楽章はこの地で書き上げた。
 ショスタコーヴィチの勇姿と《交響曲第7番》は人々を大いに鼓舞した。すでに執筆中の段階から注目を集め、完成直後に本人が友人ソレルティンスキーに送った手紙によると、この時点ですでにスターリン賞という国家賞の候補に挙がったことを耳にしていたようである。そして実際に翌年、本作はスターリン賞第1席を受賞した。
 ショスタコーヴィチは執筆中の段階からラジオや紙面でその標題性についてさまざまに言及していたが、その表現からは逡巡する様子もうかがえる。完成前の1941年10月9日の新聞には、「《第7交響曲》は私の創作のなかで初の標題音楽に、そして長調で書かれた初めての交響曲になります。……もしうまくまとまったら、この交響曲をレニングラードに捧げたいと思います」とある。作品タイトルの通称「レニングラード」はここからきている。たしかに後年の1951年にも、第1楽章「戦争」、第2楽章「思い出」、第3楽章「祖国の広大な天地」、第4楽章「勝利」と名付けようとしたと回想している。また1942年3月下旬の『プラウダ』紙ではより具体的に標題を説明し、「第1楽章はわれわれのすばらしく平穏な生活に、恐怖の力、戦争が押し入ってきた様子を語っている。……中間部のエピソードはずっと戦争の主題である。[この後の]葬送行進曲、より正確には戦争の犠牲者たちのレクイエムが第1楽章の中心的な位置を占める[再現部に該当]」とある。だが1941年9月には「第2・3楽章に特定の標題はない」とも記している。結局のところ、いまだレニングラード包囲戦の最中にあって、物語化は難しかったにちがいない。しかしながら響きからは苛酷(かこく)な戦禍の様子、そして同郷の民や国民に向けた想いが、切実なまでに伝わってくる。
 一方、第1楽章の有名な「戦争の主題」の構成は、《オペラ「ムツェンスクのマクベス夫人」》(1930~1932年)第7~8場間の間奏曲の主題によく似ている。またこの後の作品、《ヴァイオリン協奏曲第1番》(1948年)の第3楽章〈パッサカリア〉、《交響曲第15番》(1971年)の第4楽章などの主題でも同様の類似性が認められる。《交響曲第7番》と《ヴァイオリン協奏曲》の類似については本人も認めているように、これらの音楽語法とパッサカリアのパターンは生涯にわたって好んで用いられた。晩年の《交響曲第15番》で回想されたことからも、思い入れのある作品を結ぶ特別な意匠であった様子が垣間見られる。

第1楽章 アレグレット、4/4拍子、ハ長調、自由なロンド・ソナタ形式。冒頭、オーケストラが明朗な第1主題を奏でる。叙情的な第2主題には展開部の主題動機が先取りされている。展開部にあたる長大な中間部では「戦争の主題」が変奏されながらゆっくりと徐々に興隆し、やがて拮抗(きっこう)するエピソードと衝突する。再現部では第1主題が衝撃的な変貌(へんぼう)を遂げ、決然たる葬送行進曲として轟(とどろ)く。対照的に第2主題は悲しみに打ちひしがれた葬送行進曲、ないしレクイエムである。コーダでは明るい光が差し込むが、終盤では戦争の主題が遠くでなおも不気味に聞こえてくる。
第2楽章 モデラート(ポコ・アレグレット)、4/4拍子、ロ短調、3部形式のスケルツォ。軽快な冒頭主題に、独特なリズム・オスティナートを伴う愁いを帯びた副主題が続く。中間部の主題はときに暴力的なまでに勇壮に響く。
第3楽章 アダージョ、3/4拍子、ニ長調、複合3部形式。冒頭、管楽器とハープによるオルガン・コラール風の神々しい響きに続いて、美しく凛(りん)とした人間的な主題が弦楽器の温かみのある音色で奏でられる。途中、劇的な中間部を挟む。切れ目なく最終楽章へと続く。
第4楽章 アレグロ・ノン・トロッポ、2/2拍子、ハ短調。冒頭動機から導かれた主題の展開を要として、さまざまなエピソードがときに瞑想(めいそう)的に、ときに熾烈(しれつ)に駆け巡る。中盤、荘重なサラバンド、あるいは固執低音に支えられたパッサカリアのように「戦争の主題」のヴァリアントも秀逸に登場する。終盤では第1楽章第1主題がハ長調で祝祭的に響きわたる。

作曲年代:1941年7月19日~12月27日
初演:1942年3月5日、クイビシェフ、サムイル・サモスード指揮、ボリショイ劇場管弦楽団

(中田朱美)