ショスタコーヴィチ (1906~1975)

交響曲 第5番 ニ短調 作品47 (約45分)

 ドミートリ・ショスタコーヴィチは《交響曲第5番》(1937年)の構想について、さまざまな言葉を残している。たとえば1938年には「大いなる内的葛藤の一連の悲劇的衝突を通じて、いかに世界観としての楽観論が肯定されるか」と言い、同年、また別の機会には「人格の形成」などと語っている。その一方で、ヴラーソフによる1979年の回想によると、自作について何と語ればよいか分からず、機械が答えるかのように、つい「人格の形成」と語るようになったと当時ショスタコーヴィチは吐露していたという。
 他方、2000年のベンディツキーの論文などでは、本作における「引用のカモフラージュ」について興味深い指摘がなされている。ショスタコーヴィチには1934年来、エレーナというロマンスの相手がいた。エレーナは、1932年に結婚したばかりのショスタコーヴィチが真剣に離婚を考えたほど熱烈に愛した女性であったが、作曲家に長女が生まれ、またエレーナが密告で逮捕されたことなどから、2人の関係は終わったという。その後、1936年に出所した彼女はスペインに渡り、著名な映画監督ロマン・カルメンと結婚する。ここからショスタコーヴィチはなんとビゼー《カルメン》からの引用を着想する。
 ベンディツキーの論文では、有名な〈ハバネラ〉の「愛!」を連呼するフレーズや〈セギディーリャ〉冒頭を巧みにぼかしながら引用している様子などが具(つぶさ)に観察されている。2003年、2007年に刊行された『新作品選集』(第20巻、第5巻)も基本的にこの分析を踏襲しており、解説者ヤクーボフはさらに、終楽章のコーダで、ラの音(ロシア語では「リャ(lya)」)を連呼することによって、エレーナの愛称であった「リャーリャ(Lyalya)」とロシア語で「私」を意味する「ヤー(ya)」を同化させたとも推論する。また本作の直前に書かれた歌曲《プーシキンの詩による4つのロマンス》の第1曲〈復活〉より、フレーズ「かくして 私の苦しみぬいた魂から 諸々の迷いが消え去り、昔の汚れない日々 瞼(まぶた)に描いたさまざまのものが 心の内に生まれ出てくる。」のピアノ伴奏の音型が、そのまま第4楽章に引用された点も指摘する。
 こうした一連の音型を用いたことにかんしては、もはや疑う余地はない。だが問題は引用の意味、つまり作品解釈における限定的な意味を、作曲者が万人と共有したかったかどうかであろう。別の言い方をすれば、そこまでの標題(プログラム)的な構想があったのかどうか。ショスタコーヴィチ作品において、引用とその意味作用との関係は殊(こと)に複雑である。《第5番》においても、その背後には特定の意味というよりはむしろ、きわめてショスタコーヴィチ的な、屈折したユーモア感覚や自己パロディー化の精神、そしてやはり強烈な反骨精神が前面に感じられる。上述した音型を鏤(ちりば)めたことによって、1936年にソ連共産党の機関紙『プラウダ』上でなされたショスタコーヴィチのオペラへの酷評に対し、作曲者が溜飲(りゅういん)を下げたことは想像に難くない。だがこの音楽の最大の魅力は、堅固な響きと彫琢されたオーケストレーションに裏打ちされているからこそさまざまな聴き方を誘う、その万華鏡のようなきらめきであると言えるだろう。

第1楽章 モデラート、ニ短調、4/4拍子。変形したソナタ形式。呈示部では(1)序奏主題、(2)フリギア旋法(ラ―ソ―ファ―ミ♭―レ)の第1主題、(3)これら2つの主題からなる派生主題、(4)第2主題と、4つの個性的な主題が登場する。展開部の末尾は序奏主題と融合し、派生主題のユニゾンでクライマックスを迎える。再現部で第1主題はもはや姿を現さず、《カルメン》〈ハバネラ〉の旋律へと変容した第2主題が登場する。
第2楽章 アレグレット、イ短調、3/4拍子。スケルツォ。3部形式。冒頭主題のあと諧謔(かいぎゃく)味あふれるエピソードが続く。一瞬、フラメンコのリズムも。真中のトリオで流れるヴァイオリンからフルートの旋律は小鳥のさえずりか。
第3楽章 ラルゴ、嬰ヘ短調、4/4拍子。一転して葬送行進曲風で、3つの主題と派生したエピソードがモノローグ的に流れる。追懐、哀しみ、慟哭(どうこく)などの感情を映し出しているかのよう。
第4楽章 アレグロ・ノン・トロッポ、ニ短調、4/4拍子。緊迫した冒頭の第1主題やその派生主題が、中間で登場する広大な第2主題を経て、ファンファーレ的なコーダへと昇華する。楽譜の版によって速度表示の極端に異なる箇所があるが、自筆譜が紛失しているため今のところ確認する手立てはなく、指揮者の解釈に委ねられている。

作曲年代:1937年4月18日~9月20日ないし10月下旬
初演:1937年11月21日、エフゲーニ・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

(中田朱美)