ベートーヴェン (1770~1827)

交響曲 第4番 変ロ長調 作品60 (約38分)

 ベートーヴェンの1806年の創作の森には、《交響曲第4番》のほか、《「ラズモフスキー」弦楽四重奏曲》の3曲、《ヴァイオリン協奏曲》《ピアノ協奏曲第4番》《「レオノーレ」序曲第3番》等々、数々の傑作が連なる。またこの前後の1803~1808年頃は、劇的で情熱的な創作を特徴とするいわゆる「英雄様式」の時代と呼ばれ、交響曲分野では、あらゆる点で従来の形態を打ち破った《第3番「英雄」》から《第6番「田園」》までが、この時期に該当する。しかし、革新的な《英雄》とは対照的に「《第2番》のスタイルに逆戻りした」とベルリオーズが感じたように、強烈な個性を放つ奇数番号に挟まれた《第4番》は、評価の点で控え目な位置付けに甘んじることがあった。確かに作品の語調は概して軽快、また編成や規模の点からは伝統的に思われるのだが、しかし実際には、「英雄様式」にふさわしい力強さや刺激を備えたベートーヴェンの意欲作である。
 作品はオッペルスドルフ伯爵に献呈された。

 第1楽章 アダージョ―アレグロ・ヴィヴァーチェ、変ロ長調、2/2拍子。序奏付きのソナタ形式。緩やかな序奏はミステリアスで瞑想(めいそう)的な雰囲気で始まる(ウェーバーがその新奇さに狼狽(ろうばい)したこの序奏部は、1798年に作曲されたハイドン《オラトリオ「天地創造」》の〈序奏「混沌の描写」〉をモデルにしたともいわれている)。調的なさまよいが続くが、徐々に変ロ長調の骨格が明確化してくると、数回の跳躍を経て提示部に入り、勢いと躍動感に満ちた第1主題となる。第2主題は属調のヘ長調で、柔和さのなかにも軽快さを維持している。展開部では主に、解体された第1主題が扱われる。
 第2楽章 アダージョ、変ホ長調、3/4拍子。展開部のないソナタ形式。主題にカンタービレと記されているように、極めて美しい旋律が織りなされていく。この第1主題は現れる度に装飾の度合いを深め、優美で技巧的な様相を深めていく。第2主題は変ロ長調で、やはりカンタービレ。曲の結尾部分でのティンパニのソロは、当時の聴衆には斬新に響いたことだろう。
 第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ、変ロ長調、3/4拍子。ベートーヴェン自身、「スケルツォ」とは記していないが、曲の性格から一般にそのように理解されている。ここでは従来のスケルツォ、トリオ、スケルツォの形態が拡大され、トリオ、スケルツォがもう一巡戻ってくる(《第7交響曲》の第3楽章でも、同様の拡大が見られる)。特徴的なアクセント、変化和音、そして遠隔調への急激な転調など、個性豊かな楽章である。
 第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ、変ロ長調、2/4拍子。ソナタ形式。ヴァイオリンの16分音符の動きと共に第1主題が開始する。オーボエで始まるドルチェの第2主題部以外、展開部そして再現部のほぼすべてで、この16分音符が走り続ける。ほとんど永遠に続くかと思われるその瞬間、ヴァイオリン主題のゆっくりとしたパッセージに中断される。そしてこれもまた唐突に、トゥッティの力強い和音で終える。
 この終楽章は作品全体のクライマックスとして重みのある位置付けではなく、むしろ18世紀型の軽快で陽気な雰囲気を特徴とする。しかし形態としては古典的でも、不協和音の強調、展開部での絶え間ない転調、そしてファゴットの活用など、駆け抜ける動きのなかにベートーヴェン独自の新しさが散りばめられた、一瞬も気を緩められないスリリングな楽章である。
 オーケストラを有する都市がまだまだ限られていた19世紀初頭、演奏に多くの人数と技術、そして広い場所を必要とするこうした交響曲は、原曲のかたちとしてよりも、むしろ「編曲」を通して社会に普及していった。《第4番》は初演の翌年、1808年にパート譜が出されたが、1823年の総譜出版までにはそれからおよそ15年も待たねばならなかった。この空白の期間を埋めたのが、ウィーン以外にペスト、ロンドン、ライプツィヒ、ボンなどヨーロッパ各地で出版されたさまざまな編成のための編曲譜だった。弦楽五重奏版、2台ピアノ版、九重奏版のほか、家庭のアマチュア奏者にとくに人気の4手用ピアノ版(連弾用)が複数出版されていた。そのほとんどが(こんにちでは)無名の編曲者によるものだが、原曲のかたちで聴くことの出来ない地域の人々や階層にも、ベートーヴェンの「交響曲」は届けられていたのである。

作曲年代:1806年夏から初秋
初演:1807年3月、ベートーヴェンの主要なパトロンのひとりだったロプコヴィツ侯爵邸での予約演奏会にて(同じ演奏会で《ピアノ協奏曲第4番》と《「コリオラン」序曲》も初演された)。公開初演は翌年4月13日、ブルク劇場にて。双方ともベートーヴェン自身の指揮による

(上山典子)