ブラームス (1833~1897)

交響曲 第3番 ヘ長調 作品90 (約40分)

指揮:尾高忠明
管弦楽:NHK交響楽団

 

2004年2月4日収録

© NHK

 1883年、ブラームスは50歳を迎えた。この年の夏をブラームスはライン河に面した美しい保養地、ウィースバーデンで過ごした。ここでの休暇期間に作曲された重要な作品がこの《交響曲第3番》である。この作品の作曲に取り組んでいた最中、ブラームスは友人のシュトックハウゼン主催の演奏会で26歳のコントラルト(現在のアルト)歌手のヘルミーネ・シュピースと出会う。この女性の歌唱の素晴らしさと女性としての魅力にブラームスは心を揺さぶられ、やがてシュピースを結婚の対象として意識するようになる。しかし、結婚まで踏み切ることはできなかった。1892年、シュピースは35歳の時、法律家と結婚するが、その翌年、ウィースバーデンで急逝する。
 ウィースバーデンからウィーンに戻った1883年10月、ドヴォルザークがブラームスを訪問する。この時ブラームスは高く評価するドヴォルザークの来訪を大いに喜び、ドヴォルザークの求めに応じて、この交響曲の第1楽章と第4楽章をピアノで演奏して聴かせている。新作の交響曲を聴いたドヴォルザークは、「前の2つの交響曲を凌駕(りょうが)する」との感想を述べている。
 《交響曲第3番》は作曲経過を示す資料の少ない作品で、伝記作家のカルベックは1883年夏には完成したと推測している。この時期に作品が一応、成立したのは間違いないが、これは決定稿ではなく、その後さらに推敲(すいこう)が重ねられている。ブラームスの常として、完成後、初演を含めて多くの演奏の折に改訂を重ね、初版が最終的な稿となる。この作品の作曲にあたっては、最初の2曲の交響曲の他に、2曲の序曲や《ヴァイオリン協奏曲》および《ピアノ協奏曲第2番》の作曲の経験が土台となっており、非常に熟達した動機労作や対位法が駆使されている。それだけではなく、その後のブラームスの重要な表現手法となる、長調と短調の融合や、非常に自由な転調、第1楽章の主題が第4楽章の最後に再現されるなど、いわゆる循環主題的な手法など、随所に彼の卓越した創作手法の数々を見ることができる。作品は1883年12月2日、ウィーンにてハンス・リヒターの指揮でウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によって初演された。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ、ヘ長調、6/4拍子。管楽器群による力強い前奏に続いて、この動機を受けて低音楽器がファ─ラ♭─ファという上行の動機を奏し、それに対応してヴァイオリンがファ─ド─ラ─ファという下行動機を奏して、見事にシンメトリックな作りを示している。この冒頭部分はラ♭とラという半音関係をうまく使うことによってヘ長調と変ニ長調の2つの調を自在に横断する自由さを獲得している。これはブラームスの新しい調感覚と動機手法を示している。第1楽章冒頭の下行動機は、シューマンの《交響曲第3番》の第1楽章で登場する動機と類似しており、その関連性が指摘されている。
第2楽章 アンダンテ、ハ長調、4/4拍子。全体で134小節の比較的短い楽章であるがソナタ形式が土台になっている。まずクラリネットが主要主題を奏し、ファゴットがそれを支える。この楽章の主題は弦楽器群と管楽器群が対話のように交代する形になっている。クラリネットとファゴットが弱音で主題を奏すると、そっと弦楽器群がそれに応える。《交響曲第1番》以来、ブラームスの交響曲では管楽器が独特の役割を担っている。
第3楽章 ポーコ・アレグレット、ハ短調、3/8拍子。ブラームスの個性とも言えるメランコリックで深い叙情性を湛(たたえ)た表現は、この第3楽章に見事に集約されていると言っても過言ではない。この楽章は3部形式で構成され、第1部でチェロによって奏される主題が、第3部ではホルンによって朗々と感動的に再現される。中間部は変イ長調で、夢想的な楽想である。
第4楽章 アレグロ、ヘ短調─ヘ長調、2/2拍子。このフィナーレは面白い始まり方をする。第3楽章のハ短調の余韻を引き継いで、ドで開始するために、第4楽章は一瞬、ハ短調であるかのような錯覚を与える。弦楽器群およびファゴットが同じ旋律を弱音の抑制された音量で奏して、陰鬱(いんうつ)な雰囲気で始まる。この楽章ではハ短調とハ長調、ヘ短調とヘ長調の陰と陽の表現が効果的に用いられ、最後は明朗なヘ長調で締めくくられる。なお、楽章の最後の部分で、弦楽器が第1楽章の冒頭の主題を静かに再現して作品全体を締めくくる。

作曲年代:1883年夏
初演:1883年12月2日、ウィーン、楽友協会大ホール、第2回フィルハーモニー演奏会、ハンス・リヒター指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(西原 稔)