メンデルスゾーン (1809~1847)

交響曲 第3番 イ短調 作品56「スコットランド」(約40分)

指揮:ウラディーミル・アシュケナージ
管弦楽:NHK交響楽団

 

2016年6月11日収録

© NHK

 「スコットランド」の通称で知られるメンデルスゾーンの《交響曲第3番》は、1829年夏、20歳の彼がスコットランドの旅の途上で着想したものである。しかしその後、作曲ははかどらず、1830年代を通して模索が続けられた。1841年夏になってようやく本格的に作曲が進められ、1842年1月20日に総譜が書き上げられる。同年3月3日にライプツィヒのゲヴァントハウスにて行われた初演は、作曲者自身の指揮により大成功を収めた。この頃、メンデルスゾーンはゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督のみならず、プロイセン王の招聘(しょうへい)を受けてベルリンでの職務も兼任しはじめており、名実ともに音楽界の第一人者として地歩を固めていた。若き巨匠の創意に満ちたこの大交響曲は、ベートーヴェン以後の新しい時代を切り開く作品として高く評価され、同時代および後世に大きな影響を与えた。
 交響曲着想の様子は、史料を通して具体的に辿(たど)ることができる。1829年7月26日にエディンバラに到着したメンデルスゾーンは、30日に友人とともにホリルード宮殿を観光し、その晩、ベルリンの家族にあてて次のような手紙を書いた。「深い黄昏(たそがれ)のなか、私たちは今日、女王メアリーが人生を送り、愛を営んだ宮殿へ行きました。……思うに、私は今日そこで、私のスコットランド交響曲の始まりを見つけました」。そして実際、「1829年7月30日夕、エディンバラ」という日付をもつ楽譜スケッチ(大譜表、16小節)が現存し、その内容は、完成した交響曲の冒頭とほぼ完全に一致するのである。素朴な民謡調の歌に近いその着想は、「交響曲の始まり」として斬新(ざんしん)であり、旅先でのメランコリックな気分を鮮やかに封じ込めている。

 作品は4つの楽章からなる。第1楽章の序奏と第4楽章の後奏が通常より拡充され、交響曲全体の出発点および到達点となっているのが特徴である。メンデルスゾーンは、各楽章の主題を密に関連づけ、また、楽章間を途切れなく演奏するように指示することによって、大規模な作品全体の統一を図った。
 63小節からなる長大な序奏(アンダンテ・コン・モート、イ短調、3/4拍子)は、1829年夏の着想を大幅に拡大し、3部形式としたもの。第1楽章の最後に短く回帰する。
 第1楽章主部(アレグロ・ウン・ポーコ・アジタート、イ短調、6/8拍子)はソナタ形式による。主要主題は、序奏主題の輪郭を色濃く残した変容であり、副主題ともに、歌うような性格に貫かれている。一方、静寂のなかから激しく盛り上がる展開部とコーダは、嵐の前の不気味な静けさと、大海原のうねるような波の描写を思わせる。
 第2楽章(ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ、ヘ長調、2/4拍子)は、明るく軽快なスケルツォ。クラリネットで奏される主要主題は、バグパイプの旋律を模したとも言われ、5音音階やスコッチ・スナップ(スコットランド民謡に特徴的な付点リズム)の使用も指摘されるが、やはり明らかに序奏主題の変容である。副主題と縦横無尽に組み合わされ、音響的にも形式的にも戯れるように展開する。
 第3楽章(アダージョ、イ長調、2/4拍子)では、無言歌風の美しい旋律が特徴の長調部分と、葬送行進曲風の付点リズムが特徴の短調部分が交替しながら進む。気高く壮大な緩徐楽章である。
 第4楽章(アレグロ・ヴィヴァチッシモ、イ短調、2/2拍子)は、激しく勇壮なフィナーレ。メンデルスゾーンは「戦いのアレグロ(Allegro guerriero)」とも呼んでいる。それまでの夢幻を絶ちきるかのように、鋭い付点リズムとスタッカートによる主要主題が奏されるが、副主題は再び序奏主題の変容である。楽章終盤になって副主題はピアニッシッシモにより、あたかも消えゆく過去を追憶するかのように、ポエティックに奏される。
 こうして、序奏のメランコリックな気分が再現したところで、大規模な後奏(アレグロ・マエストーソ・アッサイ、イ長調、6/8拍子)が続く。その主題もまた序奏主題の変容であり、交響曲の始まりからアーチを描くように全体にまとまりをつけ、作品を堂々と締めくくる。

作曲年代:1829年7月30日夕刻、エディンバラのホリルード宮殿の観光中に着想。1841年夏、ベルリンにて総譜起稿、1842年1月20日に脱稿。1843年3月の初版まで何度か改訂
初演:1842年3月3日、ライプツィヒのゲヴァントハウスにて。作曲者自身の指揮による

(星野宏美)