スクリャービン (1872~1915)

交響曲 第2番 ハ短調 作品29 (約48分)

 1901年、スクリャービン29歳の作品。彼は生涯に5つの交響曲を作曲した。周知のとおりスクリャービンは、すばらしいピアニストであり、管弦楽のための作品よりピアノ作品の方に圧倒的にそのオリジナリティが現れている。後年の「ピアノ・ソナタ」に見られる独自な和声語法の開発や思想の展開、すなわち神秘和音、神秘思想やニーチェの影響による超人思想などはいまだここには潜在的に、部分的にしか現われない。初期の交響曲の全体構成にまずアイディアを与えているのはベートーヴェンであり、たとえばこの《第2番》の直前に作曲された《第1交響曲》の最後に2人の独唱と合唱がついた讃歌を置いたのは、その対位法的なテクスチュアとともに当然《第9交響曲》がそのモデルであろう。また《第2番》におけるハ短調という調選択、そして終楽章でハ長調となりファンファーレ風な楽想で開始されるところは、《運命交響曲》を強く想起させる。また交響曲を構成している5つすべての楽章がソナタ形式を採用していること、すべての音楽的素材が全体の序である第1楽章の冒頭に提示される主題に由来しているということも、ベートーヴェンの盛期以降の創作にその源がある。
 作品は大規模な構成を持っている。モスクワ音楽院のピアノ科教授に就任しながらも、作曲家として生きたいという欲望は強く、こうしたスクリャービンの思いが強く感じられる野心的力作である。音楽語法としては、古典的な音使いやフレーズ感、堅固な和声感を基調としているが、その内声にはワーグナーを思い起こさせる半音階の動きを内包し、また対位法的なテクスチュアにも事欠かない。管弦楽の豊麗な音の響きは、シェーンベルクの初期作品やワーグナー、R.シュトラウスのそれと類似している。冒頭の主題を奏するA管のクラリネットのくすんだ音色は特徴的で、この楽器はその後第2楽章の第2主題ほか、さまざまな重要な場面に現われる。ヴァイオリンのソロを含む弦楽器の艶(つや)やかな扱いをはじめとして、管弦楽の多彩なパレットを十分に展開する技術をすでに自家薬籠(やくろう)中のものとしている。その発想がピアノ的であったとしても、管弦楽作品として決して見劣りのしないすばらしい作品であり、初演当時この作品が大変不評であったという事実は、現在としてはにわかに信じ難い。
 5つの楽章のうち、第1楽章と第2楽章、また第4楽章と第5楽章が続けて演奏される。一方で緩徐楽章にあたる独立した第3楽章は、非常に充実していて、曲全体を俯瞰(ふかん)するような構成を持っている。すなわち、全体は伝統的な4楽章形式を5楽章へと拡張したものながら、同時に真ん中の第3楽章を中心とするアーチ型の構造というシンメトリーな側面を合わせ持っている。また全体の調の動向を見ると、主調であるハ短調は第2楽章でその関係調、変ホ長調へと向かった後、ミ♭─シ─ファ─ドと各楽章でほぼ5度音程ずつのぼりながら、最終楽章のハ長調へと到達している。このことも偶然とは思えない。

第1楽章 アンダンテ、ハ短調。上にも記したA管クラリネットの「セリオーソ(厳粛な)」の主題から始まり、次第に全管弦楽の響きが導入されて行く。途中に挿入されたアレグロ・ジョコーソ(ハ長調)の楽想は、第4楽章最後にも終楽章との間をつなぐ蝶番(ちょうつがい)の役割りとして再び使われている。
第2楽章 アレグロ、変ホ長調。第1主題は短調の和音の借用が多い独特な響き。8分の6拍子の2拍子と、4分の3拍子の3拍子が交換するリズムを持っている。展開部は主題の組み合わせや、その対位法的処理などとても凝った作りで、大変充実した瞬間である。
第3楽章 アンダンテ、ロ長調。フルートの柔らかい響きで導入されるが、ヴァイオリンのソロで美しい「表情豊かな」主題が提示されると、フルートはその背後で「鳥の歌」を奏する。楽章中何度もアジタートやアパッショナートとなり、別の楽章の素材をも演繹(えんえき)しながら、大きな起伏を感じさせる。
第4楽章 テンペストーソ、ヘ短調。スケルツォにあたる楽章。ティンパニを使った劇的な導入に続いて、ヴィオラやヴァイオリンに出現する断片的な動機が、次第に全管弦楽を巻き込んで、大きな渦を作るように発展して行く。メノ・モッソの弦楽器のみで奏される第2主題が束(つか)の間の休息となる。
第5楽章 マエストーソ、ハ長調。輝かしい第1主題は、第1楽章の冒頭の主題が長調化して性格がファンファーレ風に変わったもの。さらに第1ヴァイオリンのさざ波に乗って管楽器が歌う第2主題も、これまた第1楽章の第2主題をそっくりそのまま用いたものであり、ここにも上に記した「アーチ型の構造」が明確に現われている。再現部で第1主題はトゥッティによってさらに輝かしい響きを獲得している。
 なお、この作品には長い間「悪魔的な詩」という題名が付けられていた。これは他のスクリャービンの交響曲が《第3番「神聖な詩」》《第4番「法悦の詩」》《第5番「プロメテウス(火の詩)」》と「~の詩」というタイトルを持っているために、こうした呼称が付けられていたが、本人によるものではない。

作曲年代:1901年
初演:1902年1月12日、アナトーリ・リャードフ指揮、サンクトペテルブルクにて

(野平一郎)