ベートーヴェン (1770~1827)

ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61 (約40分)

 「協奏曲の王」とも呼ばれるこのルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン作品は、初演時の評判は芳しくなかった。初演は1806年12月23日、アン・デア・ウィーン劇場の指揮者であったフランツ・クレメントのソロで行われたが、当時の新聞批評は、ソリストの演奏を高く評価しているものの、作品に対しては、美しい部分があることを認めつつも、前後の脈絡が薄い点、平凡な楽節の繰り返しに不満を述べている。
 初演時の批評は、特に第1楽章に関しては的はずれというわけでもない。この楽章は確かに長い。冒頭、ティンパニの同音反復は、形を変えつつもさまざまな楽節で顔を出すが、素材としてはシンプルに過ぎ、最初のリトルネルロで木管楽器が主導する2つの主題は弱音の、滑らかな旋律線を描く点で性格が類似しており、対比の要素は弱い。第1ソロの終結部分が明確に属調を確立せず、長大な第2リトルネルロに流れ込む点は、前後の脈絡が薄いという評価に繋(つな)がったのかもしれない。
 同時代の他のヴァイオリン協奏曲に比して、管弦楽の発言権が大きいため、ソロのパートは難しいわりに、全体のなかで栄えるというわけでもない。決してとっつきやすい作品とはいえないのではないだろうか。だが、上記の特徴こそが、この作品の革新性を物語るものであり、19世紀の半ば以降からまさに「ヴァイオリン協奏曲の王」として君臨し続けて来たゆえんでもある。

 第1楽章(4/4拍子、アレグロ・マ・ノン・トロッポ)は、前述した特徴をもつ長大なソナタ楽章。同音反復の動機とレガートな主題を全編に行き渡らせつつ、ヴァイオリン・ソロが3オクターヴ以上の音域を駆使してオーケストラと絡んでいく。短調への傾斜が強い第2ソロの後、冒頭主題が大がかりなトゥッティで再現されるが、聴き手はこの時初めて主調、ニ長調の明確なフォルテを聴くこととなる。
 第2楽章(4/4拍子、ラルゲット)は、2つの主題による非常に自由な構成の変奏曲楽章。どちらも歌謡的な性格をもつ点で一致するだけでなく、基本的にはト長調のなかに留まるため、静謐(せいひつ)な印象を与える。この楽章は直接フィナーレへと繋がるが、最後の弦楽器によるフォルテは、それまでの静けさを分断する効果をもつ。
 第3楽章(6/8拍子、アレグロ)は、先行の2つの楽章に比べ、形式的には破格な面が少ないロンド。「ラ・シャス(狩り)」的な性格をもつ主要主題と2種のエピソード主題を中心に構成されている。
 なお、第1楽章と第3楽章にはカデンツァの指定がなされているが、作曲者作のものは現存していない。

作曲年代:1806年
初演:1806年12月23日、ウィーン

(安田和信)