メンデルスゾーン (1809~1847)

ヴァイオリンとピアノのための協奏曲 ニ短調 (約35分)

 フェリックス・メンデルスゾーンは音楽史上、モーツァルトと並ぶ早熟の天才として知られる。9歳にして神童ピアニストとしてデビューし、同じ頃に作曲学習を始めるとまもなく、本格的な作品を次々と手掛けるようになった。両親は、息子が12歳になると、自作を日常的に披露できるようにと、隔週日曜日の昼に私邸を開放して音楽会を催すようになる。
 《ヴァイオリンとピアノのための協奏曲》は、1823年、メンデルスゾーン14歳の時の作品。はじめ、弦楽オーケストラのために作曲され、同年5月25日、メンデルスゾーン家恒例の日曜音楽会にて初演された。60~80名の聴衆が集まったという。ピアノ独奏は彼自身が、ヴァイオリン独奏は彼の親しい友人で、ヴァイオリンの師でもあったエドゥアルト・リーツが受けもった。この頃になると、メンデルスゾーンの作品は公にも演奏され始め、この協奏曲も、2管編成の管楽器とティンパニの声部を加えて、1823年7月3日に公開初演された。
 メンデルスゾーンの没後、この協奏曲は、彼の他の初期作品と同様に、自筆譜のまま眠っていたが、1960年に弦楽オーケストラ稿が出版され、一般にも知られるようになった。ドイツ統一後に編集体制を一新した新メンデルスゾーン全集の中で、あらためて資料調査と校訂作業が行われ、1999年にはフル・オーケストラ稿が出版された。今回の演奏は、フル・オーケストラ稿による。
 作品は3楽章からなる。全体の演奏時間は30分を超え、才気煥発(かんぱつ)な少年の表現力と超絶技巧が存分に盛り込まれた野心作となっている。第1楽章は協奏ソナタ形式。大胆な転調やテンポの変化とともに、独創的な楽想が次々に姿を現す。楽章終盤に置かれた長大な独奏カデンツァも見事である。第2楽章はイ長調による緩徐楽章。バッハ《マタイ受難曲》でも用いられている有名なコラール〈おお、こうべは血潮にまみれ〉の冒頭に似た主題が連綿と奏でられる。第3楽章は自由なロンド・ソナタ。2つの独奏楽器とオーケストラの丁々発止が最高潮に達して、作品を華やかに締めくくる。

作曲年代:1823年4月~5月6日(弦楽オーケストラ稿)。その後、管打楽器を付加(フル・オーケストラ稿)
初演:弦楽オーケストラ稿は1823年5月25日、ベルリンのメンデルスゾーン家にて。フル・オーケストラ稿は1823年7月3日、ベルリンのシャウシュピールハウス(こんにちのコンツェルトハウス)にて。両日とも、エドゥアルト・リーツのヴァイオリン独奏、メンデルスゾーンのピアノ独奏による

(星野宏美)