フォーレ (1845~1924)

レクイエム 作品48 (約38分)

 フランス南西部、ピレネー山脈を望むアリエージュ県のパミエに生まれたガブリエル・フォーレは、生地のノートル・ダム・デュ・カン教会でカトリックの洗礼を受け、9歳の時にパリに出て、作曲家のルイ・ニデルメエール(1802~1861)が創設した古典宗教音楽学校に11年間学んでいる。フランス革命以後活力を失っていたフランス宗教音楽の復興をめざすこの学校で、フォーレはグレゴリオ聖歌やルネサンス・バロックの合唱曲などを歌いながら宗教音楽に深く親しんだ。なかでも、古い時代の教会旋法に基づくグレゴリオ聖歌への和音付けは、《レクイエム》にもみられるフォーレ独特の温かな旋律やしなやかな和音進行の源泉となった。
 1877年、フォーレはパリのマドレーヌ教会の礼拝堂楽長となり、後には主席オルガニストの地位についている。《レクイエム》の構想はこの1877年頃に遡(さかのぼ)ることが手紙などから明らかだが、スケッチ帳や自筆譜の日付から、作曲が本格的に開始されたのは1887年頃とみられている。《レクイエム》は1888年1月16日、マドレーヌ教会で執り行われたある建築家の葬儀のための音楽として、5曲のみで初演された。その後フォーレは以前からあった〈奉献唱〉と〈われを許したまえ〉を改訂して作品に追加し、1893年1月21日、全曲をマドレーヌ教会で初演した。今日「1893年版」として知られる、室内楽のような小編成の《レクイエム》である。ヴァイオリンは〈聖なるかな〉での独奏のみであった。この初演後《レクイエム》の演奏機会が増えると、フォーレはその形態に応じて楽器の追加をしては自筆譜の余白に書き込んでいたが、パリの出版社アメルからの出版が決まると、アメルはヴァイオリンや木管が欠如した風変わりな編成に難色を示し、作品普及のためにさらに編成を拡大するよう促した。
 その結果フル・オーケストラ用に拡大された《レクイエム》は、1900年7月12日、パリ万国博覧会の公式コンサートで、ポール・タファネル(1844~1908)の指揮により初演された。5000人を収容したというトロカデロ宮での演奏にふさわしい、コンサート版《レクイエム》の誕生である。この翌年にはアメルからスコアも出版された。
 通常のオーケストラ編成になったことで、《レクイエム》が演奏される機会が増え、フォーレもそれを素直に喜んでいた。一方、編成に目を向けると、ヴァイオリンが入るのは第3曲〈聖なるかな〉からであり、フォーレはブリュッセルで《レクイエム》初演を指揮したウジェーヌ・イザイ(1858~1931)に、ヴィオラ(I・II)とチェロ(I・II)の四重奏が中心であると述べている。また、フルートとクラリネットが新たに加わったとはいえ、出番は〈ああイエスよ〉のみといったように、管楽器の用法も限られている。これに関してもフォーレは「オルガンが常に和音を埋めてくれる」とイザイに説明している。このように、フォーレは曲が大きな編成になっても、作曲当初の音のイメージを大切にしたかったものと考えられる。オーケストレーションに関しては、フォーレの弟子が関わったという説もある。
 フォーレはある時、息子への手紙の中で「私にとって芸術、とりわけ音楽が第一に果たす役割とは、私たちを今いるところからできる限り高く上昇させることです」と述べている。教会の音楽からコンサートの音楽へと発展した《レクイエム》は、宗教音楽である以上に、芸術に対するフォーレのこのような信条を実現化したものでもあった。
 「最初から最後まで、永遠の安息を信じる人間的な感情がゆきわたっています」と自身が語るとおり、フォーレの《レクイエム》は優しさと安らぎに満ちた音楽である。最後の審判を描く〈怒りの日〉は省かれ、その恐ろしい情景は〈われを許したまえ〉の中で間接的に表現されるにとどまる。全曲を閉じるのは、〈楽園にて〉の清らかな祈りである。それは、死が「喜びに満ちた解放」であり「あの世での幸福への憧(あこが)れ」であるというフォーレの言葉とも響き合う。さらに、教会旋法とゆるやかに結びついた旋律や、宗教音楽の厳粛さとはまるで対照的な親密感あふれる旋律が、聴く者の心を優しく包み込む。〈奉献唱〉や〈神の小羊〉などでの神秘的な転調は、フォーレの深い宗教的感情を表している。
 曲の構成は、第1曲〈入祭唱とキリエ〉、第2曲〈奉献唱〉、第3曲〈聖なるかな〉、第4曲〈ああイエスよ〉、第5曲〈神の小羊〉、第6曲〈われを許したまえ〉、第7曲〈楽園にて〉の全7曲で、第2曲、第6曲はバリトン独唱を含み、第4曲はソプラノ独唱で歌われる。

作曲年代:1887~1899年
初演:1888年パリのマドレーヌ教会(5曲のみ)、1893年同教会(以上、小編成のオーケストラによる)、1900年パリのトロカデロ宮(フル・オーケストラ版)

(遠山菜穂美)