サン・サーンス (1835~1921)

ピアノ協奏曲 第5番 ヘ長調 作品103「エジプト風」(約27分)

 1896年、サン・サーンスは芸術活動50周年を迎えた。1846年にピアニストとしてサル・プレイエルで開いた演奏会がデビューであった。サン・サーンスの最後のピアノ協奏曲《第5番「エジプト風」》は、デビューと同じくサル・プレイエルで開かれた50周年記念演奏会の場で初演された。当日のプログラムは、デビュー・コンサートと同じように、モーツァルトの《フィガロの結婚》序曲で始まり、最後はサン・サーンスの独奏によるモーツァルトの《ピアノ協奏曲変ロ長調》で締められた。60歳を迎えた博学の作曲家兼ピアニストは、記念演奏会の機会に半世紀を振り返り、韻文形式で文章を寄せている。「……芸術は海のようだ。変わりやすく気まぐれだ。我々を地獄に突き落とすこともあれば、天国に昇らせることもある……」。二月革命や普仏戦争、パリ・コミューンやドレフュス事件と激動の時代を生き抜いてきたサン・サーンスは、音楽界の先頭を常に走りつつも、聴衆の好みの変化に翻弄(ほんろう)されてきた。
 1873年に初めてアルジェリアに旅行をしたサン・サーンスは、アフリカの地に孤独を癒やすオアシスを見出す。1888年に母親を亡くすと孤独は一層深まり、サン・サーンスはパリを引き払って1904年まで、各地を転々とする漂流の生活を続けた。《ピアノ協奏曲第5番》はエジプトのルクソール滞在中に仕上げられた。《アルジェリア組曲》(作品60)、《幻想曲「アフリカ」》(作品89)などに続くアフリカ・シリーズとして「エジプト風」の副題で呼ばれるが、具体的には第2楽章が、異国趣味を明白に打ち出している。作品はピアニストのルイ・ディエメールに献呈された。

第1楽章 アレグロ・アニマート。ヘ長調のソナタ形式。第2主題はニ短調の哀愁漂う旋律をピアノが奏でる。
第2楽章 アンダンテ。ニ短調の3部形式。中間部はト長調の簡明で素朴な愛の歌である。両端部分で「エジプト風」の旋律が次々と繰り出される。サン・サーンスによると和声の工夫(並進行)で「極東の打楽器」を模倣している。
第3楽章 モルト・アレグロ。ヘ長調の自由なソナタ形式。軽快で華やかなフィナーレである。

作曲年代:1896年
初演:1896年6月2日パリ、サル・プレイエル。サン・サーンスのピアノ独奏、ポール・タファネル指揮、パリ音楽院管弦楽団

(安川智子)