ショスタコーヴィチ (1906~1975)

ピアノ協奏曲 第2番 ヘ長調 作品102 (約16分)

 《ピアノ協奏曲第2番》は1957年、ドミートリ・ショスタコーヴィチが50歳のときの作品で、同時期に創作していた《交響曲第11番》の執筆を一時中断して書かれている。この作品は、ほかの器楽曲を圧倒する底抜けの陽気さが特徴的である。そこにショスタコーヴィチ作品でよく耳にする自嘲(じちょう)気味あるいは皮肉めいた響きはない。両端楽章の天真爛漫(らんまん)な空気は《ピアノ協奏曲第1番》にも顔を覗かせていたが、《第2番》では《バレエ「明るい小川」》(1934~1935年)や《オペレッタ「モスクワ、チェリョームシキ」》(1957~1958年)など、文字通り舞台の喜劇性を彷彿(ほうふつ)とさせている。
 作品はモスクワ音楽院ピアノ科の学生であった息子マキシムに献呈され、彼の19歳の誕生日に本人の独奏で初演された。19歳と言えば、父親のショスタコーヴィチも卒業作品の《交響曲第1番》で華々しく楽壇デビューした歳。《ピアノ協奏曲第2番》は息子の明るい未来を願う父親からの、華やかな餞(はなむけ)であった。

 作品は3楽章からなる。第1楽章(アレグロ、ヘ長調、4/4拍子)はソナタ形式。開始してすぐにピアノが第1主題を奏でる。これに子供たちの行進のような屈託のない旋律が続く。第2主題は突然がらりと雰囲気を変える。ピアノのオクターヴの連打で展開部へ。カデンツァを経て再現部に戻ると、今度は管楽器群が第1主題を奏で、ピアノは伴奏パートに徹する。先ほどの子供たちの行進が展開し、第2主題は登場せずに、そのままコーダとなる。
 第2楽章(アンダンテ、ハ短調、3/4拍子)ではまず、荘重なサラバンドの主題が弦楽器によって奏でられる。これにピアノによるハ長調の優しい光のような主題が続き、2つの主題は柔らかく交わってゆく。
 第2楽章から切れ目なく第3楽章(アレグロ、ヘ長調、2/4拍子)に入る。ピアノが陽気な第1主題を奏でてまもなく、7/8拍子で、掛け声が聞こえてくるかのような賑(にぎ)やかなロシア民俗舞踊の響きに満たされる。するとまた突然、ピアノは《ハノン練習曲》第2番のパロディーを始める。やがてこれら3つの要素が織り交ぜあいながら展開した後、それぞれの主題はまた順番に再現される。

作曲年代:1957年
初演:1957年5月10日、マキシム・ショスタコーヴィチのピアノ・ソロ、ニコライ・アノーソフ指揮ソヴィエト国立交響楽団、モスクワ音楽院大ホール

(中田朱美)