ストラヴィンスキー (1882~1971)

バレエ音楽「火の鳥」(1910年全曲版)(約47分)

 1910年パリ。28歳のストラヴィンスキーが初めてこの都市を訪れたのは、オペラ座で初演される自作の《バレエ「火の鳥」》に立ち会うためである。ここにいたるまでには、ディアギレフの周りに集うロシアの芸術家たちの並々ならぬ努力と準備の過程があった。もともと作曲家を目指していたディアギレフは、当時ロシアでもっとも尊敬を集めていた作曲家リムスキー・コルサコフに自作品を見せるものの、痛烈な批判を受けて才能がないことを思い知らされる。その後美術品の収集と展覧会の開催で自身に興行の才能があることを知ったディアギレフが、視覚と聴覚を融合させたバレエという舞台芸術で、リムスキー・コルサコフの愛弟子、イーゴリ・ストラヴィンスキーを抜擢(ばってき)し、一躍有名にした。
 受け入れる側のパリも準備万端だった。1907年にパリでディアギレフが第1回ロシア音楽コンサートを開いた時、若手フランス人作曲家たちはすでにロシア音楽の楽譜に精通し、リムスキー・コルサコフは彼らの崇拝の的だった。《火の鳥》の初演を聴いたラヴェルは、友人のモーリス・ドラージュにこう書き送る。「リムスキーを超えている。《火の鳥》にもう一度行くために、あなたを待っています」。またドビュッシーは1911年12月18日、ロベール・ゴデに宛ててこう書いている。「イーゴリ・ストラヴィンスキーという、音の色彩とリズムに本能的な才能を発揮する若いロシアの音楽家がいるのを知っていますか?」
 和声、楽器法、リズムの斬新(ざんしん)さが、ロシアの民話を混ぜ合わせた「火の鳥」という題材と見事にかみ合った。台本作成に中心的役割を果たしたのは、振付を担当し、イワン王子を自ら踊ったミハイル・フォーキンである。火の鳥の異国的な衣装を手がけたレオン・バクスト、舞台装置と衣装のアレクサンドル・ゴロヴィーン、そして火の鳥を踊ったタマラ・カルサヴィナ。彼らはみな、《火の鳥》の前からチームを組んでいた。ディアギレフからストラヴィンスキーへの正式な音楽の依頼は1909年12月。チェレプニン、リャードフへの打診が頓挫した後のことである。
 バレエは序奏と2場からなる。主な登場人物はロシア民話でおなじみのイワン王子と黄金の羽をもつ火の鳥、そして魔王カッチェイである。さらにカッチェイに囚われた13人の王女たちと、彼女たちが戯れる黄金のリンゴが華を添える。音楽は一続きに演奏される。

 〈序奏〉では魔王カッチェイの世界が低音のうごめきによって暗示される。フルートとオーボエが、うごめいていたモチーフをはっきりと奏して、幕が上がる。第1場〈カッチェイの魔法の庭園〉では弦楽器が冒頭のモチーフを細かく奏し、チェレスタが幻想的な雰囲気を添えて、〈イワン王子に追われた火の鳥の登場〉となる。チェレスタ、ピアノ、ハープ、トライアングルなどの、きらめきを担当する楽器と、トレモロやグリッサンドといった奏法で鮮やかに飛び回る火の鳥が表現され、オーボエのソロでイワン王子の姿が示される。続く〈火の鳥の踊り〉は、動きの速さと色彩の鮮やかさを楽しむ見せ場である。イワン王子は火の鳥を捕らえる。ヴィオラ・ソロの下行する旋律を合図に、ゆったりとした9/8拍子に転じ、〈火の鳥の嘆願〉が始まる。この部分は緩急緩の3部分構成となっており、中間部では3台のハープが活躍する。イワン王子は1本の羽と引き換えに火の鳥を放す。飛び立つ鳥の動きが急速なテンポで表現されるが、カッチェイの不穏なモチーフが、ヴァイオリン・ソロでふと聞こえてくる。弱音器つきホルンのソロがイワン王子の姿を映し、〈魔法にかけられた13人の王女たちの登場〉場面へとつながる。弦楽器が幻想的な月夜の風景を醸し出し、木管楽器のソロから始まる王女たちのモチーフが、ホルン、弦楽器へと受け継がれる。チェレスタとハープに伴奏されたフルートのカデンツァを経て、〈黄金のリンゴと戯れる王女たち〉の場面(スケルツォ)となる。
 ホルン・ソロの旋律とともに、〈イワン王子の不意の登場〉。王女を示すクラリネット・ソロが合いの手を挟む。ピッコロの旋律を合図に木管楽器がかけ合い、〈王女たちのホロヴォード(ロンド)〉が始まる。ロシア民謡に基づくオーボエ・ソロの優雅な旋律がロンドを導く。弱音器つき弦楽器のトレモロによる静謐(せいひつ)な音響とともに、夜が明けていく。弱音器付きトランペットから、弱音器を外したトランペットへと受け渡され、徐々に静寂が破られる。イワン王子がカッチェイの城内に突入するが、番人が現れ、イワン王子は捕らえられる。
 〈魔王カッチェイが登場〉する。低音楽器とティンパニ、大太鼓がカッチェイを示している。その後はカッチェイとイワン王子の問答があり、ヴァイオリン・ソロから始まる旋律が王女たちによる仲裁を示している。カッチェイに石に変えられてしまう直前、イワン王子は火の鳥の羽を取り出す。ハープのグリッサンドに続くフルートの半音階的上行とともに、火の鳥が舞い降りる。続いて火の鳥の魔法にかかったカッチェイの手下たちが、細かい動きと木琴のリズムに乗って踊る。勢いを保ったまま、有名な〈カッチェイたち一味による魔の踊り〉へと突入する。
 踊り疲れた一味を、火の鳥が眠らせる(〈火の鳥の子守歌〉)。ファゴット・ソロの幻想的な旋律に導かれつつ、ハーモニクス奏法のハープを初めとする見事な管弦楽法が夢幻の世界へと誘う。カッチェイが目覚め、イワン王子は火の鳥に教わったカッチェイの不死の魂である卵を叩き壊す。カッチェイの死。ゆったりとしたホルン・ソロの旋律とともに、第2場となる。魔法が解け、カッチェイの城は消滅し、石にされていた騎士たちが復活する。7/4拍子のリズムで大編成の楽器が歩みをそろえて盛り上がっていき、終結となる。

作曲年代:1909~1910年
初演:1910年6月25日、フランス国立歌劇場(パリ・オペラ座)。ガブリエル・ピエルネ指揮、ロシア・バレエ団。火の鳥:タマラ・カルサヴィナ、イワン王子:ミハイル・フォーキン

(安川智子)