ヒンデミット (1895~1963)

ウェーバーの主題による交響的変容 (約20分)

 ナチスの迫害を受けてヒンデミットは1938年にスイス、1940年にはアメリカに亡命するのだが、《ウェーバーの主題による交響的変容》の作曲はこの困難な時期に遡(さかのぼ)る。1938年にロンドンで初演されたバレエ《気高い幻想》の成功を受け、バレエ・リュス・ド・モンテカルロの振付師マシーンとヒンデミットは次作を計画する。候補のひとつはドイツ・ロマン派の作曲家ウェーバーのピアノ連弾作品を基にした、メッテルニヒ時代のウィーンを舞台とするバレエであった。1940年春、ヒンデミットはウェーバーの音楽を「軽く彩色してちょっとシャープにした」作品をマシーンに聴かせるのだが、原曲をそのまま管弦楽化することを望んだマシーンはこれを気に入らず、共同作業は頓挫する。1943年、ニューヨーク・フィルの指揮者ロジンスキより新作依頼を受けたヒンデミットは、このバレエのために書いた音楽を基に4楽章からなる組曲を作り上げる。「交響的変容」というタイトルは完成後につけられたもので、作曲時は「ウェーバー組曲」と呼ばれていた。
 行進曲調の第1、4楽章ではウェーバーの《8つの小品》(作品60)からそれぞれ第4、7曲、ゆるやかな第3楽章では《6つの小品》(作品10)第2曲の旋律、3部形式の構成がおおむね踏襲されている。しかし原曲に奇抜な和音や奇天烈(きてれつ)なオブリガート、鋭いリズムが付け加えられ、華麗なオーケストレーションが施されることで、ウェーバーの音楽とはかけ離れたモダンな作品に生まれ変わっている。一方、第2楽章ではウェーバーがシラーの戯曲『トゥーランドット』の劇付随音楽の序曲に使った「中国風」の旋律が自由に加工される。ラヴェルの《ボレロ》のように主題が何度も繰り返される中、嘲笑(ちょうしょう)するようなトリルや駆けずり回るように上下する音階が重ねられ、中間部では主題から派生したシンコペーションを伴うジャズ風の主題によるフガートが展開される。

作曲年代:1940~1943年
初演:1944年1月20日、アルトゥール・ロジンスキ指揮、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(現ニューヨーク・フィルハーモニック)

(中村 仁)