シューマン (1810 - 1856)

歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲 (約9分)

 《ゲノヴェーヴァ》(全4幕)はローベルト・シューマン唯一の歌劇として、その創作人生に輝いている。物語は8世紀フランスを舞台に、サラセン討伐に出る領主、その妻ゲノヴェーヴァ、彼女を慕う若い臣下ゴーロ、彼らを妖術で操る乳母らによって展開。不義の罪で森に追われたヒロインが最後には真実が明かされて救出される。舞台・人物設定ともにロマン的な装いをもつが、じつは、孤独のうちに遺棄された自我の心理表現にこそ劇の本質はあり、その意味で、時期が重なる《マンフレッド》にも近接してきわめて近代的である。
 ドイツ語歌劇の創作は、《交響曲第1番》の完成後(1841年、31歳)のシューマンが朝夕に祈る悲願であったが、道は平坦でなかった。浮上した題材は30を超え、《オラトリオ「楽園とペリ」》(33歳)を経て、ようやくドレスデンの地でヘッベルの戯曲『ゲノヴェーヴァ』に到達する(37歳)。ヘッベルの世界観と詩的手法に感動したシューマンは、台本の作成を詩人ライニクに依頼すると、直ちに〈序曲〉に着手。およそ半年でこれを完成する。しかしかたわら台本は暗礁にのりあげ、結局シューマン自身がヘッベルの助力を得て執筆することとなり、全体の作曲が完了するのは翌年夏だった。序曲が先に演奏され、4か月後に歌劇が初演。演奏が整わず成功に至らないものの、再演以後は好評で存命中に17回上演された。
 序曲は緻密(ちみつ)な管弦楽書法に優れ、登場人物(とくにゴーロ)の内面を映し出すとともに、独立した器楽曲としても傑出している。ハ短調の遅い序奏で開始。悲嘆にみちた下行旋律に導かれ、問いかけるような身振りの中心主題が頭をもたげると、活気ある主部「情熱的に動いて」に進む。3連音符のリズムが大きく波打って若者の情念と邪心が渦巻くが、森のホルンと柔和な主題旋律(中心主題の反転変容)が世界の和解を暗示。終結部はハ長調に転じ、4本のホルンが、愛の源である神の救いを厳粛かつ晴朗に謳(うた)い上げて閉じる。

作曲年代:序曲は1847年4~12月、歌劇全体は1848年8月までドレスデンで
初演:序曲は1850年2月25日、ライプツィヒのゲヴァントハウス、作曲者自身の指揮(歌劇全体は同年6月25日、同じ会場、作曲者自身の指揮)

(藤本一子)