ベートーヴェン (1770~1827)

交響曲 第7番 イ長調 作品92 (約38分)

 1803年から1815年におよぶナポレオン戦争はヨーロッパ中を巻き込んだ。ベートーヴェンが住むウィーンは1809年5月にナポレオン率いるフランス軍に占領され、経済的危機にみまわれた。そうした状況のなかベートーヴェンは生活のためもあって、イギリスの音楽出版者から依頼されたイギリスやアイルランドの民謡を編曲する仕事を引き受けた。そのためにベートーヴェンはすでに着手していた《交響曲第7番》の創作を一時中断する。この民謡の編曲の経験が、この交響曲に民謡の要素を組み込むことをもたらした。
 ナポレオン戦争は、《交響曲第7番》の創作だけではなく初演にも関わってくる。この交響曲の初演は、1813年12月8日ウィーン大学の講堂でのハーナウ戦役傷病兵のためのチャリティー・コンサートで行われた。ハーナウの戦いは、1813年10月にライプツィヒで対仏同盟軍に大敗したナポレオン軍がパリに退却するのを阻止するためのものであった。結果的にハーナウの戦いではナポレオン軍は勝利しパリに退却した。
 人々がナポレオン戦争の終結が近いことを察するなか、チャリティー・コンサートは開催された。まず、将軍ウェリントン率いるイギリス軍がナポレオン軍を撃破した様子を描いた《ウェリントンの勝利》が初演され観客は大盛り上がりとなり、続いて《交響曲第7番》も初演され、拍手喝采(かっさい)で迎えられたのであった。

 第1楽章 規模の大きいゆっくりとした序奏(ポーコ・ソステヌート、イ長調、4/4拍子)に続く、主部(ヴィヴァーチェ、6/8拍子)ではフルートとオーボエで軽やかに始まり、フルートによって歌うような主要主題が提示される。主要主題と同じリズムをもつ副次主題も木管楽器で提示される。
 悲痛な雰囲気をもつ第2楽章(アレグレット、イ短調、2/4拍子)は、弦楽器で提示される「タータタ・ターター」というリズムによって特徴づけられている。
 第3楽章(プレスト、ヘ長調、3/4拍子)は第2楽章の重苦しさを振り払うかのように、力強く速いテンポで始まり、推進力のある音楽が展開していく。
 第4楽章(アレグロ・コン・ブリオ、イ長調、2/4拍子)では、強奏での和音の連打と総休止に続いて、民謡編曲の《12のアイルランド歌曲集》(WoO154)の第8曲を基にした主要主題がヴァイオリンによって提示され、緊迫感に満ちた音楽が繰り広げられ熱狂のうちに曲を閉じる。

作曲年代:1811~1813年
初演:1813年12月8日、ウィーン大学の講堂にて、作曲者自身の指揮による

(西村 理)