ブラームス (1833~1897)

交響曲 第4番 ホ短調 作品98 (約41分)

 3曲の交響曲を完成させたブラームスは1884年、夏の期間を過ごしたミュルツツーシュラークにおいて新しい交響曲の作曲に着手する。彼はこの年に第1楽章と第2楽章の作曲を行い、翌1885年に第3楽章と第4楽章を完成させた。1885年の作曲では先に第4楽章を手がけ、フィナーレの楽想に合わせる形で第3楽章が書かれた。この《第4番》の作曲にあたってブラームスはこれまでの3曲とはまったく異なる創作態度で臨んだ。この作品によってブラームスは明確に後期様式の入り口に立つことになる。
 ブラームスはこの作品の作曲時に深いメランコリーの精神状態にあったと見られる。作品がほぼ仕上がった1885年8月29日、ブラームスはエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクにこの新しい交響曲についてこのように述べる。「この地(ミュルツツーシュラーク)では桜桃(おうとう)は甘くなく、食べられないのです。あなたはこれが気に入られても、お食べにならないでしょう」。また、指揮者のビューローに対しても、「私が恐れているのは、この作品が当地の気候にあっていないことです。当地の桜桃は甘くならないのです。貴殿はそれをご賞味されないでしょう」。ブラームスはこの交響曲を桜桃になぞらえて、作品は必ずしも耳障りが良くないことと、作品は広く人々の理解と共鳴を得られないのではないかという懸念を述べる。
 この交響曲では第1楽章と第4楽章が作品全体の枠組みを形成している。第1楽章の第1主題の音を辿(たど)ると、H(ロ)、G(ト)、E(ホ)、C(ハ)、A(イ)、Fis(嬰ヘ)、Dis(嬰ニ)、H(ロ)音と3度ずつ下行する進行をもつ。3度音程は古典派においては調和のあるきわめて安定した音響を提供したが、ブラームスのこの作品にあって下行3度は逆に、さすらうような不安定さを醸(かも)し出す。この語法は晩年の作品ではさらに徹底して用いられ、独特な厭世(えんせい)的な音調を生み出す。
 第4楽章ではバッハ《カンタータ第150番「主よ、あなたを求めます」》の終曲の〈シャコンヌ〉の主題を借用している。ブラームスはバッハ研究家のシュピッタとの交流を通してこの作品の写しを手に入れた。シャコンヌはバッソ・オスティナート(執拗〔しつよう〕低音)のひとつで、バス定型を反復しながら変奏する手法である。交響曲の第4楽章ではブラームスはこの主題をバスではなく、上声部に置いている。
 《交響曲第4番》は1885年10月25日、ビューローが指揮者をつとめるマイニンゲン大公の宮廷楽団でブラームスの指揮により初演された。ブラームスの予想に反して、マイニンゲンでの初演は大成功で、大公の所望で繰り返し演奏されたほどであった。1885年の『新音楽新聞』は「マイニンゲンの宮廷楽団の新たな勝利」と評して、この初演の成功を報じた。ブラームスにとってこれまでひとつの障壁であったライプツィヒでの評価も上々で、彼は何度もカーテンコールを受けた。

第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ、ホ短調、2/2拍子。ため息のように3度下行と6度上行を繰り返しながら、静かに下行する主題は感動的で、後期のブラームスの個性がもっともよく発揮されている。この楽章はソナタ形式を土台としているが、展開部は第1主題の変奏となっており、第1主題がさまざまに形を変えて表現される。
第2楽章 アンダンテ・モデラート、ホ長調、6/8拍子。ホルンがフォルテで主題を奏すると、オーボエとファゴット、さらにフルートにこの主題が受け継がれる。調号はホ長調であるが、この開始の主題はフリギア旋法で、宿命的な印象を与える。その後、ホ長調の柔和な調でこの主題が再提示される。後期のブラームスの特徴である長調と短調の揺れ動きが表現されている。
第3楽章 アレグロ・ジョコーソ、ハ長調、2/4拍子。ハ長調の明朗な調であるが、曲想表示にある「ジョコーソ」というよりも、スケルツォ風である。下行音階の動機で開始し、トライアングルが高揚感を盛り上げている。
第4楽章 アレグロ・エネルジコ・エ・パッショナート、ホ短調、3/4拍子。一般に「パッサカリア」と呼ばれるが、楽譜ではこの表記は用いられていない。バッハの〈シャコンヌ〉の主題をもとに全部で30の変奏が繰り広げられる。この楽章は主題および第1変奏から第11変奏(提示部)、第12変奏から第15変奏(展開部1)、第16変奏から第23変奏(展開部2)、第24変奏から第30変奏(再現部)、そしてコーダという構成になっており、ブラームスはこれらの変奏曲を大きくソナタ形式的にまとめあげている。コーダでは第1楽章の下行3度の動機が再び用いられて、作品を締めくくる。

作曲年代:1884年夏(第1、第2楽章)、1885年夏(第3、第4楽章)
初演:1885年10月25日、マイニンゲン、マイニンゲン宮廷管弦楽団第3回予約演奏会、作曲者自身の指揮

(西原 稔)