ベートーヴェン (1770 - 1827)

ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」(約39分)

 《チェンバロ協奏曲 変ホ長調 WoO.4》(1784年)と《ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61》(1806年)のピアノ協奏曲編曲版(1807年)を別として、ベートーヴェンが完成させたオリジナルのピアノ協奏曲は5曲ある。今日、第2番と呼ばれている《変ロ長調協奏曲 作品19》が最初の作品であり、着手から最終的な完成までの12年間に多くの改訂を重ねて4つの稿を残している。伝統様式を無批判に踏襲するのを嫌ったベートーヴェンならではの改訂である。それでも《作品19》では、第2楽章を下属調(主調の完全5度下の調)に設定するという18世紀の伝統様式に範をとっているが、後続4曲の第2楽章はすべてが3度関連調(上下に長短3度離れた調)に設定するという新機軸を打ち出している。《第1番 ハ長調 作品15》では「変イ長調」、《第3番 ハ短調 作品37》では「ホ長調」、《第4番 ト長調 作品58》では「ホ短調」をとっている。そして、1809年作曲の最後の《ピアノ協奏曲第5番》では、フラット3つの主調「変ホ長調」に対し、第2楽章はシャープ5つの「ロ長調」という当時の音楽理論では、避けるべきと考えられていた増5度調が選ばれている。しかし、「ロ長調」は「ハ長調」が半音低められた「変ハ長調」と実質的に(ピアノの鍵盤上では)同じであり、異名同音調という読み替えをすれば「変ホ長調」の長3度下の調ということになる。
 伝統的な協奏曲様式ではオーケストラによる主題呈示の後に独奏楽器が登場するのだが、《第4番》で独奏ピアノの主題呈示で開始するという革新を遂げたベートーヴェンは、《第5番》ではさらに一歩進めて、従来は各楽章終結部直前に置かれていたカデンツァを自ら作曲して楽章冒頭に配置し、協奏曲表現に必要なカデンツァ楽段をあらかじめ曲中に組み込んだわけである。難聴が進み、もはや自らのピアノで初演することを断念していたベートーヴェンは、第三者の即興カデンツァで楽曲の構成バランスが崩れることを回避したのである。「英雄」的な「変ホ長調」の響きで雄渾(ゆうこん)かつ壮麗なピアノ独奏ではじまるこの作品は、その気高さから「皇帝」の愛称で呼ばれるようになった。

第1楽章 アレグロ、変ホ長調、4/4拍子。
第2楽章 アダージョ・ウン・ポーコ・モッソ、ロ長調、2/2拍子。
第3楽章 ロンド:アレグロ、変ホ長調、6/8拍子。

作曲年代:スケッチ開始は1808年12月末頃、1809年4月までにスケッチ終了。総譜スケッチを夏までに完成。ロンドン初版は1810年11月、クレメンティ社より刊行。ドイツ初版は1811年3月/4月、ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社より刊行
初演:ウィーンでの非公開試演は1811年1月13日、ロプコヴィツ侯爵宮殿の定期演奏会、ルドルフ大公の独奏で。ライプツィヒでの公開初演は1811年11月28日、ゲヴァントハウス演奏会、フリードリヒ・シュナイダーの独奏で。ウィーンでの公開初演は1812年2月12日、ケルントナートーア劇場、カール・チェルニーの独奏で

(平野 昭)