ドヴォルザーク (1841~1904)

交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界から」

 「この国の未来の音楽は、いわゆる黒人の旋律を基礎とすべきだと、今私は考えるに至った。」
 1893年5月21日付の『ニューヨーク・ヘラルド』紙において、ドヴォルザークはこのように述べている。前年10月にニューヨークのナショナル音楽院の院長に就任して以来、彼は黒人霊歌をはじめとするアメリカの土着音楽を熱心に研究し続けてきた。そのひとつの帰結として、「黒人の旋律」がアメリカの「国民音楽」の「基礎」となりうると彼は確信するようになったのだ。
 まさにこの記事が出るのとほぼ同時期に《第9番》が完成していることからも、ここでの彼のコメントは重要だろう。同年12月15日付の同紙においても、彼は「黒人音楽」と「インディアン音楽」とを「実質的に同じもの」とした上で、《第9番》の中でそれらの音楽の「精神」を再現しようとしたことを明かしているので、作品と彼自身の主張との間の関連性は明白だ。そして実際にも、「家路」や「遠き山に日は落ちて」のタイトルで親しまれている第2楽章の主要主題をはじめ、黒人霊歌を思い起こさせる旋律がこの作品の随所で使われていることは、よく知られている通りである。あるいは彼には、ニューヨークの若い弟子達に手本を示すねらいがあったのかもしれない。
 その一方で、たびたび指摘されるように、この交響曲は「チェコ的な」様式的特徴も持っている。たとえば、ドヴォルザークは「黒人音楽=インディアン音楽」の特色として、音階に旋法的な色合いがあることを述べているが、同じような音階が実はボヘミアの民俗音楽にも見られ、それまでの彼の「チェコ的な」作品においても使われてきたことに注意が必要だ。また、この作品全体を通してあらわれる「長・短・短・長」の符点リズムについても、黒人霊歌からの影響を示唆する特徴であると同時に、ヴェルブニュク(ヴェルブンコシュ)のような中欧の民俗音楽との関連性を思い起こさせるものであることを、見落としてはならないだろう。要は、この作品の場合、霊感の源泉を必ずしもひとつに限定することができないのだ。
 以上のことをふまえるならば、《第9番》は「アメリカ的」な音楽か、それとも「チェコ的」な音楽か、などという二者択一的な議論をしていても、あまり生産性がないことは明白だろう。むしろ故郷の記憶と「新世界」の印象とが出会う「移民的な」文脈において、「チェコ的」な要素と「アメリカ的」な要素が幸福な一体化をとげているところに、われわれはこの作品の真の独自性をもとめるべきなのである。

第1楽章 アダージョ―アレグロ・モルト ホ短調 2/4拍子 ソナタ形式。序奏の後、ホルンがさっそうと第1主題を奏でる。第2主題と結尾主題がこれに続くが、これらの主題では旋法的な色合いが特に顕著である。展開部は結尾主題の素材を中心に展開し、再現部はほぼ型通り。第1主題を素材とする短いコーダがこれに続く。
第2楽章 ラルゴ 変ニ長調 4/4拍子。3部構成からなる。ドヴォルザークは《第9番》を作曲していた当時、ロングフェローの叙事詩『ハイアワサの歌』をオペラ化することを考えていた。彼にとってこの楽章は、そのための「習作」という位置づけだったらしい。中間部はさまざまなエピソードの連鎖からなっており、楽章の主要主題のほか、第1楽章の第1主題や結尾主題も姿をあらわす。
第3楽章 スケルツォ:モルト・ヴィヴァーチェ ホ短調 3/4拍子。主部(A)と2つのトリオ(B、C)、およびコーダ(D)からなる。大まかにあらわせば、全体の構成はABACABADとなるだろう。2番目のトリオ(C)とコーダ(D)において第1楽章第1主題が回想される。ドヴォルザーク自身の解説によれば、この楽章も『ハイアワサの歌』の中の、先住民が踊る場面から着想を得た音楽なのだという。
第4楽章 アレグロ・コン・フオーコ ホ短調 4/4拍子 ソナタ形式。短い序奏の後、金管楽器が第1主題を提示する。柔和な第2主題と勇ましい結尾主題がこれに続き、展開部では以前の楽章の主要主題を含めた、さまざまな素材が動機として展開していく。トロンボーンが主調であるホ短調で第1主題を吹くところからが再現部だ。コーダではこの楽章の第1主題と、以前の楽章の主要主題とがからみあい、壮大なクライマックスが築かれる。

作曲年代:1893年1月10日に着手、1893年5月24日に完成
初演:1893年12月16日、ニューヨークのカーネギー・ホールにおけるニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会にて。アントン・ザイドルの指揮による

(太田峰夫)