武満 徹 (1930~1996)

弦楽のためのレクイエム(1957)

 日本を代表する作曲家の武満徹が亡くなり、20年近くがすぎようとしている。彼が亡くなった際、「日本は世界に向けた最高の文化使節のひとりを失ってしまった」。そう述べたのは、アメリカの著名な日本文化研究家・評論家ピーター・グリリであるが、武満の影響力の大きさを物語る言葉だといえる。創作活動は多岐にわたり、オペラは未完に終わったものの、ソロ、室内楽、オーケストラなど晩年まで旺盛(おうせい)な創作活動を行った武満。中でもオーケストラ作品は、1950年代から晩年まで彼がもっとも心血を注いだジャンルだった。
 1957年6月20日に上田仁指揮の東京交響楽団で初演された《弦楽のためのレクイエム》は、彼のオーケストラ作品中、もっともよく知られた曲のひとつである。「レクイエム」とはカトリックで死者を悼むためのミサ曲。武満いわく、同作は「特定の人を悼んだ曲ではない」というものの、早世した作曲家の早坂文雄に想いを馳(は)せつつ、完成されたというから、全曲を通じて、どこか哀愁を帯びた葬送のような雰囲気に包まれている。全体は単一主題からなる自由な3部形式。磨き抜かれた弦楽器アンサンブルの響きが聴きどころとなっているが、この曲の最大の特徴は、西洋音楽的な発想とは異なる、そのゆるやかなテンポと時間感覚である。武満は時に邦楽器を用いた作品も書いたものの、純西洋音楽のスタイルでいかに日本人でしかなし得ない音楽を書くかを模索していた。その答えのひとつが、この曲に隠されているようにも思われる。「主題は波紋のように拡(ひろ)がるゆるやかな振幅の内部(うち)に在り、たちあらわれる痙攣(けいれん)的な形態、あるいはtempo modéré は水疱(すいほう)のように突然あらわれて、たえずゆるやかな振幅に合流しようとします」(武満)。作曲家自身が設定したレント(Lent)―モデラート(Modéré)―レント(Lent)という速度は、繊細に振幅しつつ揺れうごいていくような楽想にもっともふさわしいものであろう。

作曲年代:1957年
初演:1957年6月20日、上田仁指揮、東京交響楽団

(伊藤制子)