NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

音の記憶

 

建築の音

田根 剛

(建築家)

 

 建築から音が聴こえることがある。

 その音は耳で聴こえているか、聴こえていないかわからない。ただ建築を前にした時、自分がその場に佇(たたず)んでいると、その建築の存在を示す響きのようなものが届くことがある。その音は建築の佇まいからかもしれないし、その建築の息づかいのようなものかもしれない。

 

 建築には入り口がある。扉を抜けることで、ひとは建築のなかに入り、外界から別の空間へと入り込むことができる。それは建築の外から内へと誘い、都会であれば喧騒(けんそう)から静寂へ、自然の環境であれば木々のざわめきから静けさへと導かれる。建築は音を閉じ込め、外界とは異なるひとつの内なる創造的な世界を創るような、または世界の音を内側に取り込む楽器のような存在でもある。建築は動かない。しかしそこから聴こえる音、それは存在という響きである。都会の喧騒のなかに構えるビル群から、自然にかこまれた風景のなかに佇む小さな民家から、耳をそば立てじっくりとその建築を見ていると、いつしかその建築から音が聴こえてくる。

 

エストニア国立博物館 ©Arp Karm (Estonian National Museum) / Courtesy of DGT.

エストニア国立博物館 ©Arp Karm (Estonian National Museum) / Courtesy of DGT.

 

 私は建築を場所の記憶からつくろうとしている。新しいものではなく、すべてが変わっていくこの世界のなかで、我々が忘却を繰り返し、失い、または壊して置き去りにしてきたものを、場所は記憶として憶(おぼ)えている。ひとは忘れてしまうが、場所は地層の奥底の重なりのなかで、すべてを記憶し残している。その記憶の力にこそ、未来があり、または記憶こそが未来へとつなぐ原動力だと信じている。場所の記憶を掘り起こし、そこから未来を創りだすこと、それが建築だと思っている。

 

 2006年1月16日、26歳だった私はエストニア国立博物館設計のための国際コンペで最優秀賞を獲得した。その時から突然人生が変わり、私は建築家として生きていくことが決まった。エストニアはバルト三国のひとつであり、その第二の都市タルトゥは人口約10万人の小さな街である。文化的にも学術的にも長い歴史があり、1909年に最初のミュージアムが建設されたタルトゥ市北東がミュージアムの建設地とされた。しかし、そこはかつて旧ソ連の占領の時代に占拠された軍用地があり、軍の施設や滑走路が放置されたままだった。そして、その負の遺産である滑走路を無視するでもなく、忘却するでもなく、民族の記憶として未来へとつながっていく建築を提案した。その時、エストニアは、作曲家アルヴォ・ペルトの国だということで私は歓喜していた。沈黙の音楽とも呼べるような、深く静かな世界から響く旋律は、私の精神の奥底へと届き、その音楽に対して深い感動を覚え、何度もなんども魅了され続けてきた。そのアルヴォ・ペルトが生まれた国のために博物館をつくることができることが、個人的には心底うれしかった。

 

エストニア国立博物館 ©Takuji Shimmura / Courtesy of DGT.

エストニア国立博物館 ©Takuji Shimmura / Courtesy of DGT.

 

 2006年から10年以上の月日が経ち、さまざまな困難を乗り越え、エストニア国立博物館は2016年10月1日に開館した。オープンと同時に国内外から長年待ちわびた多くの人々が訪れミュージアムは歓喜にわいた。エストニア各地の彩り豊かな民族衣装に身をまとった人々であふれ、大統領のスピーチやコーラス、ダンスなど華やかな式典が行われた。威信を掛けたナショナル・ミュージアムへの期待に満ちていた。

 その会場のなかでひとりの男性に出会った。
 「あなたはアルヴォ・ペルトを知っているか?」と聞かれ、私は「もちろん。最も敬愛する作曲家でこの建築を設計しながら何度も彼の音楽を聴き続けました」と答えた。すると彼は驚き「あなたのこの美しい空間から私には彼の音楽が聴こえるようだ」と言った。そしてとても穏やかで柔らかな微笑みを浮かべながら、彼は私の手を握り、こちらの眼を見て温かな感謝の言葉をゆっくりと述べてくれた。おそらく、この男性には建築から音が聴こえたのだろう。

 

エストニア国立博物館での「エストニア共和国独立100周年祭」の様子(2018年)。写真は筆者提供

エストニア国立博物館での「エストニア共和国独立100周年祭」の様子(2018年)。写真は筆者提供

 

 その年の冬、再びエストニアを訪れた。暗く長い冬、深い森のなかで、ミュージアムは極寒の真白な雪原に包まれていた。気温は氷点下20度、空気中の水分が凍り、キラキラと日の光によって煌(きら)めき、世界から音が消える。私はこの氷点下20度という世界こそ最も美しい光景だと思っている。白銀の雪原を歩む一歩一歩ごとに、雪の軋(きし)む音が耳元で聞こえ、自分の吐息、服の擦(す)れ、樹の枝から落ちる雪の音、そのすべてが透明な音として純粋に伝わってくる。

 ミュージアムを訪問した後、再び外に出て、その背後に永遠のように続いていく真白な滑走路を歩いた。森の間を切り裂き、雪に埋もれた滑走路を歩き、その無音の時に自分がこれまで駆け抜けるように過ごしたエストニアでの時間が走馬灯のようによぎり、そして振り返るとそこにはミュージアムがあった。雪に埋もれながらも、10年前には荒涼とした何もない軍用地だった負の記憶を思い起こしながら、白い空へとまっすぐに延びていくミュージアムの姿を眺め続けた。

 

 建築には音がある。それは耳から聴こえる音ではないかもしれない。
 しかし建築からは音が聴こえる。その建築が持つ響きのように、建築が奏でる音は記憶の底で静かに鳴り続けている。

 

 

プロフィール

田根 剛

田根 剛(たね・つよし)

建築家。1979年東京生まれ。Atelier Tsuyoshi Tane Architects代表、フランス・パリを拠点に活動。代表作『エストニア国立博物館』(2016)、『新国立競技場・古墳スタジアム(案)』(2012)、『Todoroki House in Valley』(2018)、『LIGHT is TIME』(2014)など国際的な注目を集める。フランス文化庁新進建築家賞、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞、アーキテクト・オブ・ザ・イヤー2019(日経アーキテクチュア主催)など多数受賞。2012年よりコロンビア大学GSAPPで教鞭をとる。

 

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