NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

音の記憶

 

音と光のレゾナンス

石井リーサ明理

(照明デザイナー)

 

 光も音も、基本は「波」である。音は空気の振動によって起こる波、光は電磁波の一種と位置付けられている。音楽の世界で、波長によって、協和音や不協和音ができるように、光の世界にも調和や不調和がある。さらに、音と光の間にも、共鳴関係が成り立つ時があるような気がする。

 

 私が携わっている照明デザインの世界には、細かく見るといくつかの分野がある。音楽でいうならば、クラシック、邦楽からポップミュージックまであるように、光のデザインにも、建築照明からイベント照明、舞台照明など様々なカテゴリーがある。シンフォニーになぞらえられそうな都市空間照明から、カルテットに当たりそうなインテリア照明まで、規模も多岐にわたる。店舗照明ばかり手がける人や、道路照明を得意とする人など専門家がいる中で、私は「光」といえばなんでも手がけるマルチ照明デザイナーを自負している。少なくとも今のところは。

 目下、世界中の多くのプロジェクトに参加しているが、街全体を作る15年がかりのものから、3か月で終わってしまう展示会の照明のプロジェクトまで、規模も工期も多種多様。言ってみれば、ヴァイオリンも、尺八も、タムタムもやります、みたいな音楽の世界ではあまり考えられない、バラエティーを楽しんでいる。

 

 そんな中、イベントの照明は、私にとって、最も創造力が試されるやりがいのある分野だ。ありがたい機会に恵まれて、これまで母で照明デザイナーの石井幹子とともに、国家的行事の記念イベントのライトアップをいくつもプロデュース・デザインしてきたが、そんな時は、光だけではなく、映像や音とのコラボレーションを行う。音に関しては、私が決めたシナリオを基に、いつも一緒に仕事をしているフランス人の作曲家に、オリジナル楽曲を作ってもらうことが多い。光と音の「共鳴」(レゾナンス)を感じるのは、そんな時だ。

 テーマやシーン、光の色や動きのイメージ、尺(時間的長さ)を大まかに指定したストーリーボードを渡して、作曲家に基本的には自由に発想してもらうようにしている。すると思いもよらなかった面白いアイデアの、意外な音ができてきたりして、それを聞いて私の光のデザインがさらに刺激されて面白いものになったり、イメージが喚起されて新たな発展を見せることがあるからだ。

 

日独交流150周年記念イベント「平和の光のメッセージ」 照明装置制作風景

日独交流150周年記念イベント「平和の光のメッセージ」 照明装置制作風景

 

 例えば、日独交流150周年記念のハイライト・イベントとなった、ベルリン・ブランデンブルク門での特別ライトアップショーを手がけた時は、両国の歴史や、東西分裂・統合の象徴であった会場の特性を鑑(かんが)みて、テーマを「平和」とし、さらに、同年がベルリン・オリンピック75周年にも当たったことから、五輪の理念もコンセプトに取り入れることにした。そこでフィーチャーしたのが、EUの「調和」のテーマ曲としても使われているベートーヴェンの《第九》だった。

 ただ、あまりに有名で、あまりにドイツ的な、この交響曲をそのまま流すだけでは、芸がない。そこでオリンピックに参加している国や地域で公用語として使われているすべての言語で「平和」の文字を書き、オリンピックの入場行進のように、それらが次々と登場しながら、世界を巡る物語をビデオで表現することとした。作曲家と相談したところ、音楽史に冠たる名曲に手をつけることを拒まれるかと思いきや、逆に本人、大張り切り。《第九》をサンプリングして、世界中のワールド・ミュージックとリミックスした、世界一周の音の旅を編み出してくれた。

 かの《第九》が、アメリカでは見事にジャズっぽくなり、日本を通る時には尺八の音に覆われ、アラブ諸国の上空を通過する時には、ちょっとミステリアスなオリエンタル風の音色に塗り替えられる。そうして地球を一周したあげく、ドイツに戻ってくると、荘厳な交響曲のフィナーレに向かって盛り上がり、新しい世界平和に向けてのメッセージを発しながら、エンディングを迎えるという趣向だ。

 音楽に触発された光のイメージは、私の頭の中で、色へと変換され、映像のイメージとして広がり、グラフィックが形作られ、そして音に合わせた動きが構成されていった。そのクリエイションの時こそ、この仕事の醍醐味といえよう。ノイズキャンセラー付きの愛用ヘッドホンを耳にぴったりくっつけて、脳の奥まで音を送り込む。すると、光がそれに共鳴して生まれてくるような、そんな不思議な体験をするのが、この作業をしている時だ。結果、「日独交流150周年記念イベント『平和の光のメッセージ』」は、当初思っていたよりも、かなりカラフルなクライマックスシーンになったような気がする。

 

日独交流150周年記念イベント「平和の光のメッセージ」

日独交流150周年記念イベント「平和の光のメッセージ」

 

 オペラの照明の仕事では、スポットライトを少しずつ明るくすると、なぜか次第に音量が大きくなっていくような錯覚を覚える、という話をよく聞く。アリアのクライマックスで、歌手の声量があがっていき、大きな盛り上がりを見せるような時は、実は照明が一役かっている(かもしれない)というのだ。それと同じように、ベルリンのブランデンブルク門でも、《第九》の力に助けられて、光の迫力が最後に増していった。共鳴しながら。

 音と光の素敵な関係を、私はこれからも探求していきたいと思っている。

 

プロフィール

石井リーサ明理

石井リーサ明理(Akari-Lisa Ishii)

東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学ぶ。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品に歌舞伎座、ポンピドゥー・センター・メス、バルセロナ見本市会場、「コロッセオ・光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、シェルブール給水塔、「リヨン光の祭典」、虎屋茶寮京都一条店、等。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書に『アイコニック・ライト』、『都市と光〜照らされたパリ』など。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。

 

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