NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

音の記憶

 

音を感じる

アンドレア・ポンピリオ

(TVプレゼンター)

 

 「音を身体で感じる」という表現があるように、音は聴覚だけでなく、その波動を指先の神経まで届け、感覚を刺激してくれる。身体の細胞が一気に目覚めるその感覚が大好きだ。

 「音」は私たちが持つ感情にシンクロし、想像力をより深く増し、視野を広げ、時には記憶を呼び起こし、精神をも安定させる不思議な力を持っている。

 

 仕事柄、音の世界と常に向き合っていると、街の細かなノイズにも敏感に反応するようになる。一時期、旅に出るとヘッドホンとレコーダーを片手に、旅先の象徴的な場所に立つと、なにも考えずに録音ボタンを押したりしていた。雑踏には奥行きがある。通り過ぎる人々の会話や足音、遠くの看板取り付け工事の音、ドーム型の屋根がつくる到着列車アナウンスの反響音などが混ざり合う、いわゆるラジオ用語でいう「ガヤ」だ。なかでもミラノ中央駅のガヤは特に私にとって実にノスタルジックなノイズである。聴き直せば無意識に頭の中でその時観た光景を立体的に感じ取ってしまう。そしてそれは大げさに言うならば、一瞬にして時空を超えたテレポーテーションをも可能にしてくれるのだ。

 

 絵画や写真を鑑賞している時も、なぜか作品から音が聴こえてくることがある。まるで作品に動きを与え、ストーリーを完成させるかのようにビートやメロディが脳裏に流れてくるから不思議だ。

 

 芸術やデザインの分野でも音を新鮮な形で体感させてくれる作品が多くなっている。例えば、建築家ユニット「Tonkin Liu」が手掛けた作品。イギリスはランカシャー州の丘の上には、自然風力を活用し幻想的な音を生み出す『Singing Ringing Tree』と名付けられた彫刻が建つ。

 

Tonkin Liu『Singing Ringing Tree』(photo:©Mike Tonkin)

Tonkin Liu『Singing Ringing Tree』(photo:©Mike Tonkin)

 

 亜鉛メッキ鋼パイプがスパイラル状に高さ3メートルほどまで積み重ねられ、その時々の風とともにハーモニーを生み出し、コーラス音やパイプの大小でオクターブまで発声するよう設計されているのだ。何もない丘に建てられたミュージカル・スカルプチャーは、何を訴えているのだろうか?何もないという概念を取り除き、見えない風にテクスチャーを与え、さまざまな表情を見せる風の音が無限の想像力を与えてくれる。その場に立つ誰もが、彫刻が奏でる風の音に触れながら、より自然のエネルギーを体感し、その場所が記憶に鮮明に留(とど)まるのであろう。

 ちなみに、この作品は現地メディアで21世紀の英国のランドマークとも称され、数多くの賞を受賞、ランドマークデザインの象徴になっている。まさに自然と人工物によって生まれる、心地よい音の世界。

 

 大人の音楽体験といえば思い起こされるのは、数年前に東京・原美術館でも特別公演が行われたイタリアのピアニスト、チェーザレ・ピッコの『Blind Date』という題名のコンサート。約45分間のライブはピアノ1台の即興演奏。会場は外光が完全に遮断され、ピアノは1本のスポットライトのみで照らされる。演奏が始まると、ゆっくりと時間をかけて照明が落とされて行き、気がつけば、真っ暗闇の中で音の世界に吸い込まれて行く。隣に座っている人さえ見えなくなり、最初の5分は不安や居心地の悪さを実感する。慣れない状況に脳が軽いパニックを引き起こす感覚だ。

 ただ、徐々に人間の本能が目覚めてくると、暗闇に慣れてきて不安な気持ちも消えさり、音楽に囲まれながら深い想像の世界に浸っていく。不思議と自分しかその場にいないような感覚。ピッコの旋律をすべての神経で感じながら、自分の内面と向き合い、忘れていた記憶が呼び起こされたり、未来を描いたりと、安らぎの気持ちを感じながら時空を旅するような感覚を味わった。体験することは人それぞれではあるが、会場にいる何百人と同時に心の旅を共有したことに感激する。

 

チェーザレ・ピッコの『Blind Date』コンサート

チェーザレ・ピッコの『Blind Date』コンサート

 

 徐々に照明はロウソク1本からコンサートの始まる光源に戻って行く。地上に戻ってくるような、また生まれてくるような感覚だろうかと想像する。

 コンサートが終わり、来場者の話を聞く機会があった。広い草原を歩いていた人もいれば、閉ざされた過去と向き合った人も。なかには、亡くなった母親との出逢(あ)いもあれば、未来の自分を描いた人もいた。

 

 音のインタラクションはデザインの世界でも触れられるようになった。

 視覚と聴覚で人々を魅了し、もっとも注目をしている人物と言えば、ロンドン在住のサウンド・アーティスト、デザイナー、ミュージシャンのスズキユウリ。音楽と音がどのように人々に影響を与えているか、人間と音の関係を追求する彼の作品との出会いは、2014年ロンドンのバービカン・センターで行われた Digital Revolution展に出品していた『Pyramidi』というメカニカル楽器のインスタレーション。グラミー・アーティスト、ウィル・アイ・アムから依頼を受け、ローズ・ピアノ、ギター、ドラムのロボット楽器をMIDIデータで起動する、精密なピラミッド型の作品。ウィルが楽曲《Dreamin’ about the Future》を作曲し、セルジオ・メンデスにローズ・ピアノの演奏を依頼。音楽データをMIDIに取り込み、3Dプロジェクション・マッピングとともに空間演出が行われた。音の品質とデザインの素晴らしさに圧倒されたのを記憶している。

 

スズキユウリ『Pyramidi』

スズキユウリ『Pyramidi』

 

 彼は、作品と対話をするという部分でも引き込まれる作品の数々を世の中に送り出している。『Color Chaser』という作品は黒い線に沿って動くミニカー。ミニカーは色に反応し、そのRGBのデータを音に変換するインタラクティブで遊び心あふれる作品。紙に自由に黒い線をマーカーで描き、ところどころに好きな色を黒線に足すと、キャラ立ちした可愛らしいミニカーはさまざまな音を奏でてくれる。世代を超えて、触れるものに笑顔を与えてくれる作品だ。

 

スズキユウリ『Color Chaser』(photo:©Hitomi Kai Yoda)

スズキユウリ『Color Chaser』(photo:©Hitomi Kai Yoda)

 

 また、個人的に大好きな作品が『Garden of Russolo』。イタリア人未来派画家、作曲家で電子音楽の最初の理論家とも言われているルイージ・ルッソロが発明した騒音楽器、イントナルモーリからインスピレーションを得たという。多様な形状を施した蓄音機のような箱から構成された作品群は、観覧者が作品に向けて発する声を取り込み「騒音」として吐き出す。ユニークな体感型のアートだ。スズキならではの親しみやすいデザインに子どもも大人も興味をひかれ、変換された自分達の声に驚きを与えられるのだ。

 

スズキユウリ『Garden of Russolo』(photo:©Yoriko Yamamura)

スズキユウリ『Garden of Russolo』(photo:©Yoriko Yamamura)

 

 波打ち際の音、優しい風が吹く森の音、遠くの線路を走る列車、公園で遊ぶ子どもたちの声、虫たちの鳴き声、台所のまな板が叩かれる音、中世の街に響く鐘の音…。私たちは、それが自然のものであれ人が作り出すものであれ、音を身体で「感じている」のだ。当然、良い気分をもたらす音もあれば、不快な音も世の中にはあるが、不思議と音から受ける感情の揺らぎは、国境や文化の違いすらを超えてしまう。ひとはみな無意識に日々身体で音を記憶の箱に納めているのかもしれない。

 

 音は、間違いなく私たちの感情をダイレクトに刺激するインスピレーションの源だ。

 

プロフィール

アンドレア・ポンピリオ

アンドレア・ポンピリオ(Andrea Pompilio)

東京生まれ。イタリア人の父と日本人の母と、オランダ国籍を持つ。東京を拠点に、ネイティブな日本語・英語・イタリア語を生かし、TV、ラジオ、雑誌、イベント等で、 グローバルなカルチャーやライフスタイルを紹介する。

 

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