NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

音の記憶

 

空の音

斉田 季実治

(NHK気象キャスター)

 

 ほとんどの人にとって天気予報は、「自分の頭の上に雨が降るかどうか?」もしくは「寒くなるのか、暑くなるのか?」という情報を知ることでしょう。傘を持って家を出る、服装を決めるといった、明日の行動に役立つ情報をお伝えすることが天気予報では大切です。でも実は、私たち気象予報士は「天気」や「気温」を肌で感じて日々の予報に生かすだけでなく、「音」にも耳を澄ましています。

 気象庁はウグイスやヒバリの鳴き声を初めて聞いた日を「初鳴日(しょめいび)」として観測しています。生物の動向を知ることで、季節の進みに気づくきっかけになるためです。戸外から聞こえる音の変化は、鳥のさえずりだけではありません。

 私はこれまで北は北海道から南は熊本にかけて、全国の1都1道2府4県で暮らしてきました。地域によって天気や気温の特徴が違うのはもちろんですが、聴こえてくる「音」も違います。

 大雪が降る地域では、しんしんと降り積もる雪から屋根をたたく雨の音に変わることで、待ちわびた春の到来を感じることができます。雪解けによって川のせせらぎの音にも変化が現れます。雪で閉ざされた家から出て話し合う人の声も、春を告げる音「音の春」と言えるでしょう。

 

筆者は子ども時代を雪国で過ごした

筆者は子ども時代を雪国で過ごした

 

 自然界の音を季節の変化として捉えると、これから来る夏のセミの鳴き声もうるさいだけではなく、違ったものとして聴こえるのではないでしょうか。

 

 大雨が降る地域では雨粒が大きく、大きな雨の音が日常の生活にも影響します。一般的に1時間に10ミリ以上の「やや強い雨」が降ると、木造家屋の中にいても雨の音で話し声がよく聞き取れなくなると言われています。1時間に20ミリ以上の「強い雨」になると、寝ている人の半数くらいが雨に気がつきます。1時間に50ミリ以上の「非常に激しい雨」はゴーゴーと音をたてて滝のように降り、低地の浸水や土砂崩れなど多くの災害が発生するおそれがあります。

 風の音からも危険を感じることができます。瞬間風速が20メートルくらいになると、電線が「ヒューヒュー」と鳴り始めます。風に向かって歩けないくらいで、高い場所での作業はきわめて危険な風の吹き方です。

 「音」の聞こえ方は、気象条件の「温度」や「風」と密接に関係しています。

 気象学の一部門に「気象音響学」があります。雷鳴など気象現象によって生じる自然界の音の研究と、音の伝わり方と気象との関係の研究がありますが、「音」の聞こえ方で天気が予想できる場合があります。

 

金色の夕焼けに染まる福岡の空(筆者撮影)

金色の夕焼けに染まる福岡の空(筆者撮影)

 

 「観天望気(かんてんぼうき)」という言葉があります。漁業や農業に携わる人たちが昔から使っていた天気のことわざです。「鐘の音がよく聞こえるときは雨の兆し」ということわざもあります。これは科学的に説明ができる現象です。

 音には「温度の高い方から低い方へ曲がる」という性質があります。よく晴れた日の日中は、日差しによって暖められた地表付近で温度が高く、上空へ行くほど温度は低くなります。音は温度の低い方へ曲がるため、空へ逃げて行くことになります。ビルの屋上で車の音が大きく感じることがあるのはこのためです。

 一方、曇りや雨の日は日差しがないので、地表と上空の温度差は晴れた日より小さくなります。前線が近づいたときは上空に暖かい空気が流れ込み、地表付近より上空の温度が高い「逆転層」になる場合があります。このようなときは、音は空へ逃げて行くことなく、地表付近の遠くまで聞こえることになります。

 「逆転層」は冬のよく晴れた風のない朝にも発生します。地表付近の暖かい空気がどんどん上空へ逃げて放射冷却が強まると、地表付近より上空の温度の方が高くなるのです。この場合も遠くまで音が聞こえることになります。音が発生した場所から自分がいる方へ「風」が吹いているときも音はよく聞こえます。音の聞こえ方で天気を感じてみてはいかがでしょうか。

 天気のことわざによる予想の適中率は季節や時間、空の様子などの条件を組み合わせることで高くなるのです。

 

 私はもともと根っからの理系人間です。虹などの空の不思議な現象は、科学的にいったいどういうことが起きているのかを知りたくて、気象予報士を目指しました。その一方で、歌を聞いているときも「虹」や「青空」などの気象用語ばかりが頭に飛び込んできます。歌詞に気象用語が一つも出てこない曲の方が珍しいくらいです。それだけ誰もが空や天気に関心があり、空や天気は心まで左右される要素なのだと思います。

 空を見上げ、空の音に耳を傾けることを仕事にしている今を、幸せに感じています。

 

東京・六本木ヒルズ・スカイデッキから空を見る(筆者撮影)

東京・六本木ヒルズ・スカイデッキから空を見る(筆者撮影)

 

 

プロフィール

斉田 季実治

斉田 季実治(さいた・きみはる)

北海道大学で海洋気象学を専攻し、在学中に気象予報士資格を取得。北海道文化放送の報道記者や民間の気象情報会社勤務を経て2006年からNHK気象キャスター。2016年春から「ニュースウオッチ9」に出演。Twitterを活用するなど、新たな天気予報の形を提案している。著書に『いのちを守る気象情報』『知識ゼロからの異常気象入門』など。

 

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