NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

音の記憶

 

モラトリアムの楽園で聴いたバッハ

星野 概念

(精神科医、ミュージシャン)

 

 僕が大学に入学したのは18歳。今思うと、当時の僕は自意識過剰の極致にいて、とにかく人と違う自分でありたい、と考えていました。

 ハマっていたのはジェームス・ブラウンと矢沢永吉と寺山修司。たぶん、極端な表現が好きだった、というか、極端な表現を好きと思うことが、人と違う自分という自己像を成立させる近道だと感じていたのでしょう。

 そんなヤツだったので、もちろんファッションも奇抜で、確か、テレビ『西武警察』の大門のようなタレサンに、映画『田園に死す』の主人公を意識したハーフコートまたは革ジャン、そして足元は下駄(げた)、というのが定番スタイルだったと思います。何が定番だか、という話ですが、そんな、意味不明な価値観解離に気づかない、つまり、イタいヤツだった僕に対して、医学部の友人たちは概(おおむ)ねある程度の距離を保ち、仲良くしすぎず、批判もせずという、イタい人に対する正しい態度で接してくれていました。

 ある時、そんな僕の前に一人の男が立ちはだかりました。彼は映画『12人の優しい日本人』の豊川悦司に、さらに大さじ2杯のチンピラ感を足した危ない雰囲気のするヤツで、突然、

「おまえ、血ってどう思う」

と聞いてきたのです。

 これ、俯瞰(ふかん)して考えると、奇妙な格好をした小男(僕)に、長身のスラっとしたチンピラが血について突然質問している状況です。そう、何を答えても小男は殺(や)られることが運命的に決定されているパターンです。しかし、この時の小男(僕)は、「来た、詩的なやりとり!」と嬉(うれ)しくなり、確か格好つけて寺山修司の受け売りのようなキザな返答をしました。

 すると、チンピラは

「おまえ、美しいな、詩の交換をしよう」

と言って、しばらくの間、授業中に詩を書いたメモを交換して、休み時間に褒め合うという謎の交流を楽しみました。こうして、僕のイタさを「美しい」と評価した豊川悦司似の男とは、親友となり、お互いの家に遊びに行くようにもなりました。

 

 彼の趣味は一貫していて、僕は彼との交流を通して自分の知らなかった、彼が美しい、気高い、と感じる詩や映画や音楽に多く出会いました。挙げればキリがないのですが、その中でも、僕の中で最もセンセーショナルな出会いだったのはクラシック音楽との出会いでした。

 それまで、その味わいをまったく知らず、音楽の授業でしか聴いたことがなかった曲のレコードやCDが彼の部屋には溢(あふ)れていました。彼の家に行く度にいろいろなクラシック音楽を聴かせてもらったのですが、その中でも「これの良さが分からなかったら絶縁するからな」と脅されて聴いた、グレン・グールドが弾くバッハの《ゴールドベルク変奏曲》には心を打たれました。聴く前に脅されたから、では恐らくありません。クラシック音楽ファンからしたら、なんてミーハーなんだ!という話かもしれませんが、当時の僕はグールドさえ知らなかったし、単純に、彼の言う美しさや気高さという表現そのものを体感できるような気がして感動したのだと思います。

 

グレン・グールド(1932~1982)

グレン・グールド(1932~1982)

 

 それ以来、僕は「演奏者が一人のバッハの曲が好きだ」と彼に伝え、グレン・グールドの他にも、サムイル・フェインベルクやアンドレス・セゴビアの演奏を好んで聴くようになりました。

 今でも時々聴きますが、楽器の少ないクラシックの演奏、特に独奏の場合、その人と会話をしているような気になります。このような読み取り方は、僕の精神科医としての癖なのかもしれませんが、ジャズのように原曲に大きなアレンジを加えることなく、少なくとも表面的には原曲に忠実に演奏しているものが多い気がするので、その分、その人の曲への姿勢、つまりその人のコミュニケーションの元型を、相対的にかもしれませんが感じやすいのではないでしょうか。

 

 医学部では大学3年以上になると実習が増えて、実習班で授業を受けることが多くなります。加えて、その頃から僕がバンド活動を始めたことで、彼と遊ぶ頻度はグッと減りました。そして、ロックバンドを始めた僕は徐々にクラシック音楽から離れていきました。

 しばらくすると、彼は大学にほとんど来なくなり、試験の時だけ現れましたが、オールバックに色眼鏡という昇進したチンピラ、つまりガチで堅気ではないような格好で、試験は白紙で途中退出し、ほとんど誰とも話さず、僕とも「おう」と言い合う程度で、その年は結局留年しました。後から聞いたところ、その頃は必死でピアノの練習と筋トレをしていたそうです。急に自宅に籠(こ)もり、日常生活を捨ててピアノの練習や筋トレに猛烈に打ち込む、というエピソードは、注意が自分の内的世界に向き過ぎている感じがします。精神科医としては気になるところですが、その後、大事にはいたらず、彼は無事卒業し、医師になりました。

 お互い医師になって、麻酔科と精神科の研修医同士として久々に病院で会った時、

「研修はキツいけど俺の部屋は楽園だぞ」

と言うので、病院の隣の寮に住んでいた彼の部屋を訪ねると、無造作に積まれたクラシックのCDと、散らかったヤクザ漫画以外はほとんど何もない、非常に偏った漫画喫茶のような部屋でした。しかし、僕は何だかその感じが懐かしく、その楽園に愛着を覚えました。

 それ以来、僕は研修医としての生活に疲れると、少しだけ診察室を抜け出して、鍵が開けっ放しの彼の部屋に一人で行き、大音量でバッハを聴きながらヤクザ漫画を読むという、つかの間の楽園への逃避をするようになりました。

 あれから10年が経過して、お互いそこそこ経験を積んだ麻酔科医と精神科医になりました。勤務する病院が変わってからはほとんど会っていませんが、またどこかでひょっこり出会って、すごく偏っているけど居心地のよい、痛みとこころを扱うクリニックなんてできたらとても楽しいだろうな、と時々夢想します。

 

プロフィール

星野 概念

星野 概念(ほしの・がいねん)

精神科医・ミュージシャンなど。曖昧さや不安定さに向き合う仕事を愛す。総合病院に勤務する精神科医。職能を生かして執筆も行い、雑誌数誌に連載も。音楽活動は、制作ユニット「JOYZ」、コーラスグループ「星野概念実験室」、タマ伸也(ポカスカジャン)とのユニット「THE肯定s」、「□□□」のサポートギターなど様々な形で行っている。

 

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