NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

音の記憶

 

京都・西陣、街の鼓動

細尾 真孝

(西陣織プロデューサー)

 

 織機(しょっき)の音は、ジャズのシャッフルに似ている。

 緯糸(たていと)をひく音と、経糸(よこいと)に打ち込む音が繰り返され、わずかに揺らぐ。テンポはbpm69。心臓の鼓動と同じくらいだ。

 

 子どもの頃、京都・西陣はリズミカルな街だった。起きている時も、寝ている時も、いつもどこかで織機の動く音がする。祖母はいつもこう言っていた――「織機(はた)の音を聞くと、気持ちが上がる」。人間の鼓動と同じリズムで、街全体が鼓動していた。

 

 僕は元禄年間より西陣織を生業とする家に長男として生まれた。かといって、おとなしく家業を継いだわけではない。僕が最初に志したのは、ミュージシャンだった。

 高校1年生の時、セックス・ピストルズと出会った。飽き症で練習嫌いの僕は、他人の曲をコピーできたことがない。でも、彼らの音楽を聴いて閃(ひらめ)いた。こうやってギターをかき鳴らして歌えば音楽になるのか!そこからオリジナルのパンクバンドが始まった。

 

 元々家業を継ぐつもりはなく、大学へ進んだのも「音楽を続けるのに都合がいいから」。クリエイティブな仕事をしたい僕にとって、保守的に思えた家業は魅力的でなく、ミュージシャンは最高の職業だった。大学に入ってからはダンスミュージックを作り、卒業後もアルバイトをしながら音楽活動を続けていた。

 

 京都と東京を行き来しライブをする。僕は自分が目指した仕事をしていた。しかし、それだけでは生計が立たない。ちょうどその頃、ファッション業界の知人が自らマーケットを作り、成功していくのを目の当たりにした。既存のマーケットで売れないのなら、彼らのように新しいマーケットを作ればいい。そう思い立って、音楽とファッションを組み合わせたアパレルブランドを立ち上げた。

 

 初年度から大手セレクトショップから買い付けがくるなど、反応は上々だったと思う。上質の生地。尖ったフォルム。ところが、まったく儲からなかった。当たり前だ。素材にこだわるあまり、支出ばかり増えていくのだから……。こうして、僕が心血を注いだアパレルブランドは2年で解散した。

 

 「異変」に気付いたのは、京都を離れてからのことだ。女性たちが手機(てばた)を織っていた町家も、にぎやかな機械織の工場も、いつの間にか変哲もないマンションに置き換わっていた。帰省のたびに、街の音が弱まっていく。僕が気付いた頃には西陣織の市場はピーク時の10分の1にまで縮小していた。

 

 僕は再起を誓い、大手ジュエリーメーカーに就職し、マネジメントを学んでいた。入社から4年が経ち、電話の応対すら怪しかった僕も、一通りのことができるようになっていた。西洋のジュエリーが日本に馴染(なじ)んだように、西陣織が世界中の日常に忍び込むことだってあり得るはずだ。そう思い始めた頃、家業が海外展開を始めたと聞いた。

 

 西陣織を海外に発信する。長い年月に培われた技術を活かし、西陣からエルメスのようなハイブランドを生み出せば、もう一度、街の鼓動を取り戻せるかもしれない。長い廻(まわ)り道を経て、僕は家業に帰る決意をした。

 

 2012年のパリ・コレクション。ランウェイを西陣織が闊歩(かっぽ)した。今や世界中のクリエイターが西陣の工房を訪れる。工房には20代、30代の職人が集まり、織機は休みなく稼働している。音を失った街に、やっとシャッフルのリズムが戻ってきた。

 

MIHARAYASUHIRO の西陣織のドレス、スーツ(2012年パリ・コレクションより)

MIHARAYASUHIRO の西陣織のドレス、スーツ(2012年パリ・コレクションより)

 

 西陣織には約20の工程があり、それぞれに専門の職人がいる。西陣という街の音は、こうした職人みんなのセッションだった。西陣のみならず、今、日本中で街の音が失われつつある。どんなに素晴らしい伝統工芸も守るだけだと古びてしまう。技術を伝承し、それぞれの街の音を受け継いでいくためには、新しいことに挑戦し市場を切り開かねばならない。

 

 子どもに「将来、何になりたい?」と聞いたら何と答えるだろう。「伝統工芸の職人!」という答えが増えていくことが僕の願いだ。本来、伝統工芸は自由でクリエイティブな存在だった。その魅力を次の世代に伝えていきたい。伝統工芸が子どもの憧れとなり、日本中、世界中の街の鼓動を取り戻せるように。bpm69。人間と同じリズムを刻んでいく。

 

西陣織の製織工程 シュー、カシャーン、シュー、カシャーン、緯糸をひく音と、経糸に打ち込む音が独特のリズムで繰り返される。

西陣織の製織工程 シュー、カシャーン、シュー、カシャーン、緯糸をひく音と、経糸に打ち込む音が独特のリズムで繰り返される。

西陣織の綜絖(そうこう)の工程

西陣織の綜絖(そうこう)の工程

 

西陣織の糸染(いとぞめ)の工程 染め竹と呼ばれる短い竹竿に通した糸を、染料を溶いた釜の中に入れて染めていく。染め竹をリズミカルに持ち替える音と染料が溶かれた水の音が心地よい。

西陣織の糸染(いとぞめ)の工程 染め竹と呼ばれる短い竹竿に通した糸を、染料を溶いた釜の中に入れて染めていく。染め竹をリズミカルに持ち替える音と染料が溶かれた水の音が心地よい。

西陣織の糸繰(いとく)りの行程

西陣織の糸繰(いとく)りの行程

 

西陣織の図案の工程

西陣織の図案の工程

西陣織の箔の工程

西陣織の箔の工程

 

 

プロフィール

細尾 真孝

細尾 真孝(ほそお・まさたか)

1978年、西陣織老舗、元禄年間に創業の細尾家に生れる。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後フィレンツェに留学し、2008年に細尾に入社。2009年より新規事業を担当。帯の技術、素材をベースにしたファブリックを海外に向けて展開し、建築家、ピーター・マリノ氏のディオール、シャネルの店舗に使用される。伝統工芸を担う同世代の若手後継者によるプロジェクト「GO ON」のメンバーとして国内外で幅広く活動中。日経ビジネス誌2014年「日本の主役 100人」に選出される。

 

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