NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

音の記憶

 

石の波動を聴いて対話する

マリー・エレーヌ・ドゥ・タイヤック

(ジュエリー・デザイナー)

 

 ロンドンでジュエリー・デザイナーとして仕事を始めた私ですが、天然石に魅せられて探索の旅を続け、十数年前、インドでずっと探し求めていたものとの運命的な出会いを果たしました。それは特別な天然石との出会い、そしてマハラジャの時代にさかのぼる伝統的な技法と確かな技術を持つ職人たちとの出会いでした。今、私の工房はインドにあります。

 工房では仕事に集中するためにラジオや音楽はいっさいかけません。けれども窓を閉めていても、建物の最上階にある仕事場までインドの街の音は響いてきます。スクーターの音、人の声、鳥の声、祈りの音、音楽であふれています。それはベイルート生まれの私にとって、どこか郷愁を感じる音でもあります。

 

  そんな喧噪(けんそう)の街で私が身につけたことは、瞑想(めいそう)の習慣です。インドではどこにいても鳥の声が聞こえます。鳥の鳴く声に導かれてメディテーションの状態に入るのです。朝の5時にブルドーザーが工事を始めることもあるインドでは、音に対する感性が違っていて誰もが騒音に寛容です。静寂を自分の中に持つことが大事だということに気づかされました。

 

 インドの天然石にはエネルギーが宿っています。石には特別な波動があると言われていて、病気を治癒する力があるとも信じられています。天然石を選んだり削ったりする仕事は、強い集中力が必要とされます。美しい石を見つめ、石と対話をし、石のヴァイブレーションに耳を傾けるのです。

 

石を選ぶ過程

石を選ぶ過程

 

 石を身につけることが好きな人にとっては、石を見て楽しむだけではなく、石の音を聴くことができるのはさらに喜ばしいことでしょう。アクセサリーの奏でる音といえば私にはこんな思い出があります。

 幼い頃、私は祖母が歩いてくるのを音で感じていました。それは祖母が腕に重ね付けしていたブレスレットが奏でる音。祖母のブレスレットはどれもシンプルなゴールドチェーンにプレートが付いているものなのですが、そこには子どもたちの名前と誕生日が刻まれ、2つめの少し小さいサイズのものには孫たちの名前、そしてさらに細いブレスレットにはひ孫の名前が。私には祖母が私に近づいてくるのが見えるより前に、聞こえていたのです。それは嬉しい音でした。

 そんな音の思い出から、空洞のチューブの中に7つのゴールド製の玉が入ったブレスレットをデザインしました。チューブの中の玉が動いてぶつかることで音の効果を得るというアイデアです。その人の姿が見えなくても、その人の存在が聞こえてくる、音楽的なブレスレットになりました。

 

 私はパリにも自宅があり、リュクサンブール公園そばのトゥルノン通りに住んでいるのですが、元老院からの鐘の音が日々近くに聞こえます。その音が私の生活のリズムを作っています。鐘の音を聞くと、気持ちが落ち着くと同時に、行動を始めるための合図にもなっています。

 大好きな鐘の音をイメージしたイヤリングも作りました。アクアマリンでできた鐘をスズランの花のように連ねて、そこにダイヤモンドをつり下げました。ダイヤモンドが当たって鐘を鳴らすという仕組みです。

 

ピアス「Precious Bells Diamond」

ピアス「Precious Bells Diamond」

 

 このイヤリングを着けるといつも耳元でかすかな音が聞こえるので、一人でいても一人きりでないような、守られているような安心感を抱いてもらえるでしょう。

 鐘の音や鈴の音には安心感をもたらす効果があると思うのです。中国では妊娠すると鈴を身につけて暮らし、お腹の赤ちゃんに鈴の音を聞かせるのだとか。赤ちゃんが生まれるとその鈴をゆりかごに取り付けます。ゆりかごが揺れるたびに聞き慣れた鈴の音がして赤ちゃんが安心して眠ることができるそうです。この話に感銘を受けた私は、息子を妊娠した時に鈴のネックレスを作りました。ゴールドの鈴の中にエメラルドを入れたので、石の跳ねる音が聞こえて安らぎを与えてくれました。

 

ブレスレット「Grelots」©Yann Bohac

ブレスレット「Grelots」©Yann Bohac

 

  鈴の音といえばインドにも鈴を身につける伝統があります。女性たちは足首に鈴付きのアンクレットを付けています。元々は蛇よけの装具で、歩くと鳴る鈴の音で蛇を逃げ出させて女性の身を守るためのものでした。鈴の音はおもしろいことに外側と中に入れる玉の材質やサイズや形の違いで、2つと同じものがなく、すべて異なった音がするのです。それぞれの女性の鈴の音が違うのを利用して、夫が妻の動向を監視するのに役立てたという慣習もあったそうです。

 私は男女平等主義者ですから、女性だけ監視されるのは不公平だと考えて、男性用に鈴の付いたカフスボタンを作りました。これなら妻の方も夫がどこにいるのかを監視できるというわけです。

 いえ、監視のためのアクセサリーだなんてつまらないですね。守られている安心感をもたらしてくれるような音の効果を大切にしましょう。

 

 私たちのアクセサリーは1つ1つ手作りされているので、1点ずつ違う音を奏でます。ときには驚くほどいい音がする傑作ができあがることがあります。美しい響きは偶然によって生まれるものです。いい音にするためにデザインを変えるようなことはけっしてしないのですが、不思議なことに、視覚的に美しいものは聴覚的にも美しいものになるのです。私は音楽家でも、楽器製作者でもありませんが、いい形ができあがるとそれは自然にいい音を奏でます。

 

プロフィール

マリー・エレーヌ・ドゥ・タイヤック

マリー・エレーヌ・ドゥ・タイヤック(Marie-Hélène de Taillac)

ジュエリー・デザイナー。1996年に最初のジュエリー・コレクションを発表。以来、貴石・半貴石にこだわらない、宝飾界の常識を破る独自のスタイルを次々に生み出してきた。2003年に東京に、2004年にはパリ、サンジェルマン・デ・プレに、2013年にはニューヨーク、マディソン・アヴェニューにショップ「MHT」をオープンした。

(写真撮影:Paolo Roversi)

 

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