NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

なんという贅沢な人生

美食家ロッシーニの豪華なレシピ

玉村豊男

なんという贅沢な人生

 

ロッシーニ風フィレステーキの贅沢三昧

 実を言うと音楽に明るくない私は、ロッシーニと聞いてすぐ頭に浮かぶのは、楽曲の名前でもメロディーでもなく、あの、いかにもからだに悪そうな、でも飛び切りおいしそうな、分厚いステーキの上に分厚いフォワグラが載ったゴージャスな料理のイメージだ。

 トゥールヌド・ロッシーニ(ロッシーニ風フィレステーキ)。トゥールヌドは、最上級の牛フィレ肉を厚さ2センチほどに切り、周囲をラード(豚の背脂)で巻いて円くなるようにかたちを整えたもの。焼くと脂が溶けてフィレ肉にいっそうの旨みが加わるのだが、その肉の上にはフォワグラだけでなく、これまた高価なトリュフがどっさり載っている。添えるソースは、濃厚なドゥミグラスにトリュフを加えたもの。まさしく、この世の贅沢な食材をひとまとめに食べてしまおうという、飽くなき食欲の象徴のような料理である。

 

「食卓のロッシーニ」のカリカチュア

「食卓のロッシーニ」のカリカチュア

 

 ロッシーニは大の美食家として知られ、このほかにも自分の名をいくつも料理に残している。どれもフォワグラやトリュフを散りばめた、贅沢三昧のレシピである。

 

音楽家の名のつく料理

 人の名前が料理になった例はいくつかあるけれども、ロッシーニ以外ですぐ思い浮かぶ有名なものといえば、ペッシュ・メルバ(ピーチ・メルバ)か、シャリアピン・ステーキだろう。両方とも、音楽家の名前である。

 ペッシュ・メルバは、バニラ・アイスクリームの上にバニラ・シロップ漬けの桃を載せて、ラズベリー・ソースとアーモンドのスライスをかけたデザート。レシピにはさまざまなヴァリエーションがあるが、お菓子の世界では定番といっていいクラシックな一品として定着している。

 このデザートは、フランス料理の名人エスコフィエがロンドンのサヴォイ・ホテルの料理長をしていたとき、当代一の人気を誇っていたオーストラリア出身のソプラノ歌手、ネリー・メルバのために創作したという。メルバがたいそう気に入って、このデザートはなんという名前かとエスコフィエに尋ねると、大シェフが「ピーチ・メルバと呼ばせていただければ光栄に存じます」と答えたという逸話が伝わっている。そのほかにも、メルバ・トースト(薄いカリカリのトースト)やメルバ・ソース(ラズベリーと赤スグリのソース)など、エスコフィエは料理に彼女の名前をつけることでオマージュを捧げているから、メルバは彼にとって憧れのディーヴァだったのだろう。

 シャリアピン・ステーキは、日本人の発明である。1936年(昭和11年)にロシアのオペラ歌手フョードル・シャリアピンが来日したとき、帝国ホテル「ニューグリル」の料理長であった筒井福夫により考案されたという。シャリアピンは、ステーキが食べたいのだがたまたま歯の具合が悪くて、よく噛めない。なんとか柔らかくて食べやすいステーキはつくれないか、と頼んだところ、筒井シェフは、よく叩いて薄くした牛肉を、タマネギのみじん切りでマリネしてから焼くことを思いついた。薄切りの上、タマネギに浸け込んでおくと肉は柔らかくなり、シャリアピンは大満足でたいらげたといわれている。

 こういう話が伝わっているのは、音楽家がとりわけ食に興味を示していることの証左だろうか。たしかに、オペラ歌手の場合は、からだを楽器として共鳴させるためにそれなりの体躯が必要なことはわかるのだが……。

 

食べることは人生

 トゥールヌド・ロッシーニは、おいしそうだが、カロリーも脂肪も過剰だから、やっぱりからだに悪そうだ。トゥールヌドは、もともと「背(ド)を向ける(トゥールヌ)」という意味の言葉である。ロッシーニの注文に従って料理長のつくった料理があまりに過剰なてんこもりなので、サービス係が怖れをなし、他の会食者から見えないように背を向けてロッシーニの前に運んだから、とか、言った通りにつくるかどうかロッシーニが見張っていると料理長が、見られているとつくりにくい、といい、それなら背を向けてつくれとロッシーニが言ったから、とかいう語源説があるが、いずれもこのレシピが常識を超えた豪華過ぎる組み合わせであることを示している。

 

ジョアッキーノ・ロッシーニ(1792 - 1868年)の73歳のころの写真

ジョアッキーノ・ロッシーニ(1792 - 1868年)の73歳のころの写真

 

 「食べて、愛すること。歌って、消化すること。これら4つの行為こそ、人生という名の饗宴のオペラに真にふさわしい行為である。そして人生というものは、シャンパンの泡のようにはかなく消えていく」

 と、ロッシーニは書いている。こんな贅沢な料理をおそらく毎日のように食べながら、76歳まで人生を楽しんだのだから、なんとも羨ましい人生である。

 

(たまむら・とよお/エッセイスト、画家)

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2013年6月14日(金) 7:00pm  2013年6月15日(土) 3:00pm
第1758回定期公演Cプログラム NHKホール

ベートーヴェン/交響曲 第2番 ニ長調 作品36

ロッシーニ/スターバト・マーテル

指揮:チョン・ミョンフン

ソプラノ:ソ・ソニョン、山下牧子

テノール:カン・ヨセフ

バス:パク・ジョンミン

合唱:東京混声合唱団

 

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