NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

ウッチェロ作『サン・ロマーノの戦い』

デュビュニョンにインスピレーションを与えた絵画

パー・ランバーグ

 

絵画の背景

 ロンドン・ナショナル・ギャラリーのパオロ・ウッチェロ作『サン・ロマーノの戦い』は、同主題の3枚シリーズ絵画の1枚である。他2枚は、パリのルーヴル美術館とフィレンツェのウフィツィ美術館所蔵である。

 サン・ロマーノの戦いとは、フィレンツェ戦争のうちの、ルッカ及びその連合国であるジェノヴァ、ミラノ、シエナに対抗して起こった戦いを指す。1432年6月1日にフィレンツェ軍とシエナ軍がアルノ渓谷で戦闘を行う。勝利したフィレンツェ軍の大将はニッコロ・ダ・トレンティーノであった。対するシエナ軍はフィレンツェから離脱したばかりのベルナルディーノ・デラ・カルダに率いられていた。ニッコロはフィレンツェ軍から引き離されるような局面があったものの、ついには勝利をおさめ、翌年には和解が成立し、ニッコロは英雄と見なされた。彼はその後も戦地に立ったが、ほどなくしてミラノで捕虜の身で亡くなった。彼の亡骸はフィレンツェに返還され、画家のアンドレア・デル・カスターニョが彼に敬意を表して騎馬像を描いた大聖堂に埋葬された。

 

パオロ・ウッチェロ作『サン・ロマーノの戦い』(左からナショナル・ギャラリー蔵、ウフィツィ美術館蔵、ルーブル美術館蔵)

パオロ・ウッチェロ作『サン・ロマーノの戦い』(左からナショナル・ギャラリー蔵、ウフィツィ美術館蔵、ルーヴル美術館蔵)

 

作者、ウッチェロとは

 サン・ロマーノの戦いを描いた3作品は、パオロ・ウッチェロにより1435年から1460年の間のどこかで完成した。ジョルジョ・ヴァザーリによれば、彼の苗字は、画家の鳥への愛情を素直に表現したあだ名であったという(ウッチェロとはイタリア語で鳥を意味する)。彼は、ミケランジェロが『天国への門』と命名したフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の洗礼堂のブロンズ扉で最も良く知られる彫刻家のロレンツォ・ギベルティのもとで腕を磨いた。ヴェネツィアでわずかな期間サン・マルコ大聖堂のモザイク製作に協力した後は、もっぱらフィレンツェのみで活動し、1475年に同地で亡くなる。

 

絵画の特徴と構図

 ウッチェロの『サン・ロマーノの戦い』は、強調された華麗な色彩の後期ゴシック様式の伝統と、初期ルネサンスに確立された線遠近法の新たな挑戦が見事に融合されている。

 戦う騎士たちの無秩序な平面を描くのではなく、パオロ・ウッチェロは入念に構図に秩序を与えている。

 フィレンツェ軍は、槍騎兵は進行を止め、 左から右へと突撃しているところである。白地に赤十字を備えたフィレンツェ共和国の軍旗によって彼らであるとわかる。ロンドンの作品の主役ニッコロ・ダ・トレンティーノは、指揮棒で軍を導き、精巧に装飾のされた白馬に乗って描かれている。彼の兜は、彼の背後で馬に乗っている従者が携えているが、 彼自身はダマスク織の見事な帽子を被っている。

 シエナ兵は、右手の灰色がかった白馬にまたがり3方向からの攻撃をかわしている。折れた槍の断片が巧妙な格子状のパターンをなし、遠近上に配されている。

 左には、徹底した短縮法で描かれた甲冑兵(かっちゅうへい)が奇妙な薄紅色の地面に倒れている。戦闘場面は並外れて華麗に描かれる。騎士全員が戦闘用の全身甲冑を身につけているものの、馬上試合やパレード用の甲冑の色調を帯びている。

 風景は、オレンジの樹、バラ、そしてザクロの樹など平和的な背景に配され、タペストリーやフレスコ画のような装飾効果が生まれている。バラは6月を暗示しているのであろう。オレンジの樹には花が咲き、果実も実っている。

 

パオロ・ウッチェロ作『サン・ロマーノの戦い』(ナショナル・ギャラリー蔵 )

パオロ・ウッチェロ作『サン・ロマーノの戦い』(ナショナル・ギャラリー蔵 )

 

絵画の所有の変遷

 1492年には、パオロ・ウッチェロの3作品は、偉大なる君主と呼ばれたロレンツォの死後に編集されたメディチ家の財産目録の中に記録されている。長い間、これらの作品は、ロレンツォ自身によって依頼されたものと考えられていたが、近年発見されたばかりの文書は、3作品の初期の歴史はもっと驚くべきものであったことを示している。

 メディチ家がフィレンツェから追放された直後、ダミアノ・バルトリニ・サリンベーニなる人物が、1495年6月30日にメディチ家の国外追放後の財産管理責任を担った行政官たちの面前に現れ、これらの絵画はかつて、自分の父親の持ち物であったと陳述したと、文書には記録されている。彼は、父親からこれらを相続し、ミラノでメディチ家の財務窓口であった彼の兄アンドレアと共に3点の絵画を一緒に所有していたと主張した。偉大なるロレンツォはそれらの絵画を所有したいと熱望し、アンドレアを説得して自分に委ねさせたのだとも明言した。しかし、ダミアノは彼の分け前を断り、これらの絵画をサンタ・マリア・ア・クィントの家族が所有する田舎家からフィレンツェの彼自身の邸宅へと運び込んだ。そしてここから、ダミアノの願いに反して、 ロレンツォによって送り込まれた木工職人のフランツィオーネが、力づくでこれらの作品群を持ち去ったのだ。3作品は、大公爵コレクションとしてウフィツィ宮に入るまで、メディチ家の所有とされていたのである。

 うち2枚の作品がついに売りに出されたのは、19世紀になってのことである。ロンドンの作品は、1857年に初代ナショナル・ギャラリーの館長であるチャールズ・イーストレイク卿が手に入れたものである。

 

(Per Rumberg/ナショナル・ギャラリー・イタリア絵画部門学芸員)

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2013年4月24日(水)7:00pm  2013年4月25日(木)7:00pm
第1753回定期公演Bプログラム サントリーホール
デュビュニョン/2台のピアノと2つのオーケストラのための協奏曲「バトルフィールド」作品54 (2011)[日本初演]
ベルリオーズ/幻想交響曲 作品14
指揮:セミョーン・ビシュコフ
ピアノ:カティア&マリエル・ラベック

リシャール・デュビュニョン(1968~)はローザンヌに生まれたスイス、フランス二重国籍の作曲家、コントラバス奏者。歴史学を学んだ後、パリ国立高等音楽院、英国王立音楽院で作曲を学んだ。 日本初演となる《2台のピアノと2つのオーケストラのための協奏曲「バトルフィールド」》はウッチェロ作の絵画『サン・ロマーノの戦い』に着想を得た作品。今回のソリストであるラベック姉妹たっての願いで作曲され、彼女らに献呈された。

 

 

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