NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

グスタヴィアン・スタイル誕生

――18世紀スウェーデン国王グスタフ3世と芸術

小林亜起子

グスタヴィアン・スタイル誕生

 

芸術のパトロンとしてのグスタフ3世

 スウェーデンの国王グスタフ3世(1746-1792、在位1771-1792)は、芸術をこよなく愛した君主として知られている。王はフランスの文化・芸術に憧れをもっており、その地でスウェーデンの芸術家が学ぶことを奨励し、また、フランスの芸術家を招聘(しょうへい)しながら、18世紀スウェーデン美術の黄金時代を築き上げた。グスタフ3世のエレガントな肖像を描いたアレクサンドル・ロスランも、パリで活躍したスウェーデンを代表する画家の一人として名高い。

 「グスタヴィアン・スタイル」とは、グスタフ3世の時代から19世紀初頭にかけて花開いた芸術の表現様式のことである。それは、18世紀半ばにポンペイやヘルクラネウムで古代の遺跡が発見されたことをきっかけに、ヨーロッパ各国に伝播(でんぱ)した美術の潮流「新古典主義」を取り入れた芸術様式ということができる。グスタフ3世が即位する頃のヨーロッパには、それまで宮廷で人気のあったロココ美術にかわって、この新古典主義が流行しつつあった。

 一方で、王が幼いころのスウェーデン王室は、フランス・ロココ様式の絵画や装飾工芸品であふれていた。現在ストックホルム王宮には、フランス・ロココの巨匠フランソワ・ブーシェの下絵にもとづいて織られたタピスリー連作『プシュケの物語』が飾られている。このタピスリーは、1745年、当時のスウェーデン国王フレドリク1世によってフランスの王立ボーヴェ製作所から購入され、いまも王宮の「謁見の間」に華やぎを与えている。このように、グスタフ3世は、ロココと新古典主義という18世紀の主要な2つの流れのなかで芸術に対する造詣を深めていったのである。

 

アレクサンドル・ロスラン『グスタフ3世の肖像』(1777年、スウェーデン国立美術館)

アレクサンドル・ロスラン『グスタフ3世の肖像』(1777年、スウェーデン国立美術館)


ボーヴェ製作所のタピスリー連作『プシュケの物語』(ブーシェ原画)で飾られたストックホルム王宮の「謁見の間」

ボーヴェ製作所のタピスリー連作『プシュケの物語』(ブーシェ原画)で飾られたストックホルム王宮の「謁見の間」

 

スウェーデンにおけるロココ

 グスタフ3世が皇太子の頃にスウェーデンで親しんでいたロココについてみておこう。ロココはもともとフランスで開花した。それは繊細優美な表現を特徴としており、装飾レパートリーとしては、なめらかな曲線を描くロカイユ装飾、想像力豊かなシノワズリー(中国趣味)の装飾などが生み出された。グスタフ3世の父王アドルフ・フレドリクと母后ロヴィーサ・ウルリカは、ロココ美術をこよなく愛した。グスタフ3世が生まれて間もないころ、父王は妻ウルリカの誕生日を記念して、ドロットニングホルム宮殿の庭園の一角に、王の建築家カール・フレドリク・アーデルクランツの設計に基づく中国風の離宮(パヴィリオン)を作らせた。仮設建築であったこの離宮はその後、1763年から69年のあいだに建て替えられ、18世紀を代表するシノワズリー建築として完成された。離宮内の「緑の間」と「青の間」のヨーハン・パッシュによる鏡板装飾画は、ブーシェのシノワズリー版画などをもとに制作されている。

 

ドロットニングホルム宮殿にある中国風離宮

ドロットニングホルム宮殿にある中国風離宮


中国風離宮の「緑の間」の室内装飾

中国風離宮の「緑の間」の室内装飾

 

 国王アドルフ・フレドリクはこのほかにも、駐仏スウェーデン大使を務めたカール・グスタフ・テッシン伯爵の優れたフランス絵画コレクションを買い取り、妻ウルリカにプレゼントしている。なおロココの巨匠たちの絵画を多数含むこのコレクションの一部は、現在、ストックホルムのスウェーデン国立美術館に所蔵されている。

 

グスタヴィアン・スタイルの誕生

 これまで見てきたように、グスタフ3世のフランス芸術に対する憧憬(しょうけい)の念は、両親の影響下に幼少の頃からスウェーデンで育まれていたわけだが、彼は実際にフランスを旅する機会にも恵まれた。最初にフランスの地を踏んだのは1770年、グスタフ3世はまだ皇太子であった。その翌年も1か月以上パリに滞在し、この文化・芸術の都で教養を身につけた。

 国王に即位したのちも、1784年にイタリアを旅し、ポンペイやヘルクラネウムの古代遺跡を見たのち、再びパリを訪れている。この時グスタフ3世は、ブルボン王家の賓客としてヴェルサイユ宮殿でもてなされた。王妃マリー・アントワネットは、スウェーデン国王のために王妃の離宮プチ・トリアノンで夜会を催した。画家ニクラス・ラフレンセン(弟)は、炎で照らし出されたプチ・トリアノンの「愛の神殿」を背景に、この宴の様子を幻想的に描き出している(エステルイョートランド美術館蔵)。

 さて、グスタフ3世がパリを訪れた1770年代から80年代のフランスは、ロココに代わり新古典主義様式が主流になりつつあった。新古典主義は、古典古代を手本とした芸術であり、芸術家たちは古代装飾や古代の建築様式に創造の源を求めた。グスタフ3世は、1770年代のパリ滞在時より、芸術の都フランスでこの新しい表現様式の家具調度品や建築に魅了された。グスタフ3世は即位すると、新古典主義様式を取り入れたグスタヴィアン・スタイルの建築や室内装飾の実現のために情熱を注いだ。国王の古代美術への関心は、前述の1784年のイタリア旅行での古代遺跡見学やパリ滞在を通じて一層高まり、1785年以降は、より厳格な新古典主義様式を追求した後期グスタヴィアン・スタイルが浸透していく。

 

グスタフ3世の離宮

グスタフ3世の離宮


ルイ・マルリエ『グスタフ3世の離宮にある大広間の壁面装飾のためのデザイン』(スウェーデン国立美術館)

ルイ・マルリエ『グスタフ3世の離宮にある大広間の壁面装飾のためのデザイン』(スウェーデン国立美術館)

 

 この後期様式に大きく貢献したのが、フランス出身の建築家ルイ・ジャン・デプレやルイ・マルリエである。二人は、スウェーデンの建築家オルオフ・テンペルマンによって、ストックホルム北部の都市ソルナのハーガ公園に建てられたグスタフ3世の離宮の室内装飾を手がけた。マルリエは、ポンペイの壁画装飾にインスピレーションを得た装飾をデザインした。この離宮はグスタヴィアン・スタイルの傑作として名高い。このスタイルの室内装飾のもっとも美しい作例は、ほかにも、ストックホルム南西のテュルガーン宮殿に見ることができる。

 

テュルガーン宮殿のグスタヴィアン・スタイルによる室内装飾

テュルガーン宮殿のグスタヴィアン・スタイルによる室内装飾

 

 1792年、グスタフ3世の治世は幕を閉じるが、その様式は19世紀の国王グスタフ4世アドルフ時代にも継承されていく。その後、19世紀末のリバイバルを経て、グスタヴィアン・スタイルは現代もインテリア・デザインに取り入れられ、スウェーデンを代表する芸術様式としての輝きを放っている。



プロフィール

小林亜起子(こばやし・あきこ)

東京藝術大学講師。専門はフランス美術、装飾美術。パリ第十大学学士および修士課程修了、ローザンヌ大学博士課程留学、東京藝術大学博士課程修了。博士(美術)。2011年第18回鹿島美術財団賞を受賞。単著に『ロココを織る』、共著にArachné. Un regard critique sur l’histoire de la tapisserieなどがある。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2018年4月14日(土)6:00pm  2018年4月15日(日)3:00pm

第1882回定期公演Aプログラム NHKホール

ベルワルド/交響曲 第3番 ハ長調「風変わりな交響曲」(ブロムシュテット校訂版)

ベルリオーズ/幻想交響曲 作品14

指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット

 

スウェーデンの作曲家ベルワルドの交響曲は19世紀前半の作品。その少し前の18世紀には芸術を愛した国王グスタフ3世がフランスなどからの影響を取り入れた「グスタヴィアン・スタイル」という装飾芸術様式を誕生させた。スウェーデンの芸術に思いを馳(は)せながら、コンサートをお楽しみください。

 

 

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