NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

ニューヨークのハートビートは……

津山恵子

ニューヨークのハートビートは……

 

ハングリー・マーチ・バンド

 「ニューヨークは、移民を歓迎する!」

 

 9月上旬、ダウンタウンにある広場。不法移民の子供の強制送還を打ち出したトランプ米大統領に反対するデモが、開かれていた。30度の熱波の中、約2000人が皆、眉間にしわを寄せ、真剣な表情で叫ぶ。

 

 「ドリーマー(移民の子どものこと)を守って!」
 「家族を別れ別れにしないで!」

 

 

 集会が終わりに近づいたとたん、ブラスバンドの音が、広場に鳴り響いた。ハングリー・マーチ・バンド(Hungry March Band)だ!ニューヨークで開かれる主なデモ行進では、常連だ。

 

 「これから、マーチ(行進)に行こう!ニューヨークは、移民を守るぞ!」

 

と主催者が、集会を締めくくると、色とりどりの服を着たミュージシャンが、マーチの先頭めがけて、リズムに体を揺らしながら、登場した。

 

 曲は《この悲しみを乗り越えて走る》(Running Through the Sadness)。速い2拍子のメレンゲ。もの哀しい、しかしどこか滑稽さも感じる短調。ビキニにミニスカートのトロンボーンの女の子が先頭でテーマを奏で、男性トランペッターが跳躍するトリルを散りばめた高音で呼応する。飛び跳ねるような小太鼓とシンバル。ブラス奏者の目が暖かく笑っている。ドラマーたちは、飛び跳ねながら満面の笑みだ。ビキニ、フェドーラ帽とブカブカの背広、キャバレーのコスチュームと、アングラなファッションも曲にぴったりだ。

 

 デモ参加者がみな、2拍子に合わせて、腰を振り始めた。踊り出すペアもいる。

 

 「ヒューーー!」「ヘーーーイ!」

 

 

 アメリカの移民には、確かに逆風が吹いているかもしれない。でも、ハングリー・マーチ・バンドの笑顔とサウンドは、こう言っている。

 

 「希望は消えない。絶対にあきらめないで!僕たちが、そして、音楽がある!」

 

 

 「悲しみを乗り越えて走る」――。作曲者不明だが、これに似たどこか寂しい曲をパリで聴いたことがある。ロマのバンドだった。赤いベレー帽に白と黒の縞のストライプ・シャツ。

 

 

ニューヨーク・クイーンズ区で開かれたストリートフェア。ラテンの音楽が流れると、若者がすぐに踊り出す ©Keiko Tsuyama

ニューヨーク・クイーンズ区で開かれたストリートフェア。ラテンの音楽が流れると、若者がすぐに踊り出す
©Keiko Tsuyama

 

 そう、アメリカ人は、どこかに「流浪の民」の心を秘めている。遠く昔にアメリカにやってきた先祖は国内のあちこちに住んだ。州や地域が違えば、人種構成も習慣も方言も政治的思想もまったく異なるのに、アメリカ人は、より良い生活を求めて、決意を固めて、東へ西へ、南へ北へとダイナミックに引越しをする。だから、1世の移民ではなくても、どこかに「流れ流れて、ここにいる」という哀愁がある。

 

地下鉄ミュージシャンの情念

 ニューヨークの地下鉄には、いろんなミュージシャンが乗ってきて、次の駅までの1区間だけ歌い、踊り、乗客から帽子に1ドル札やコインを入れてもらって、駅に着くと次の車両に移動して、同じことを繰り返す。

 

 ある地下鉄駅で、カウボーイハットに皮のベストを着た2人のヒスパニックのミュージシャンが、ベンチに座り、3拍子の曲を「リハーサル」していた。スペイン語はわからないが、おそらくこんな感じ。

 

 「テンポは、こう?」

 

と白い帽子がギターを奏でる。

 

 「いや、もうちょっと遅め」

 

と黒い帽子のシンガー。ギタリストがテンポを緩めると、黒帽子が小さな声で歌い始める。2人は、首でリズムを取りながら、テンポを定めていく。長調だが、少しもの哀しい、緩いテンポのワルツ。

 

 同じベンチに座っていた私は、曲が終わると拍手をして、こう言った。

 

 「ワルツ(3拍子)ね!」

 「イエス、メキシコ。ホーム(故郷)」

 

と、片言英語のシンガー。

 

 1分から1分半の駅間が勝負で歌い、できるだけ小銭を集めなくてはならない。レパートリーを増やすのは、真剣なビジネスだ。でも、そのサウンドには、ニューヨークのレトリックがいっぱい詰まっている。移民、故郷、愛、希望、挫折、人生……。

 

マンハッタンの地下鉄駅構内でのミュージシャン ©Morgan Freeman

マンハッタンの地下鉄駅構内でのミュージシャン
©Morgan Freeman

 

 流浪の心を持つアメリカ人が、少し長くニューヨークに住むと、また新たなペイソス(情念)が加わる。それが、ニューヨークに異なる複数の顔を加えていく。例えばセクシーさ、「ライフ!(生きている!)」と叫びたくなるようなワクワクするシーン。

 

 いつまでも迷子になっていたい、と思うような美しい上品な石造りの建物。かと思えば、車のクラクション、駆け回るパトカーや消防車のサイレンの五月蝿(うるさ)いこと。忙しいニューヨーカーにとって、信号無視は当たり前。歩くテンポも東京より速い。通勤時間は、仕事場に突進するニューヨーカーが手にしたマグから、コーヒーの匂いが立ち上る。

 

 流浪の民としての哀愁に、情念、そして活気が加わり、ニューヨークを形作る。だから、ここで生まれた音楽は、そのすべてが込められている。例えば、レナード・バーンスタインが作った《ウエスト・サイド・ストーリー》《踊るニューヨーク》と、ここを舞台にしたものだけでなく、祝祭的な《スラヴァ!》などでも、それが見え隠れする。

 

 政治的なデモにでさえ、ブラスバンドが加わり、希望と夢というアメリカ人のルーツを思い起こさせる。忙しくて騒々しい地下鉄や街角でさえ響く、人種のるつぼの音楽。石の壁がそれを吸い込み、イエローキャブに乗った人の気分を一瞬だけホロリとさせる。この国で永遠に続くであろう流浪の心、移民のルーツ、哀愁、そんな要素が詰まった音楽こそ、アメリカ、そのものだ。



プロフィール

津山恵子(つやま・けいこ)

ニューヨーク在住ジャーナリスト。主に雑誌『アエラ』に執筆している。ノーベル平和賞受賞のマララ・ユスフザイ、フェイスブック最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグなどに単独インタビュー。元共同通信社記者。趣味はヴィオラ、ヴァイオリン演奏。日本では、藤沢市民交響楽団に所属していた。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2018年1月12日(金)7:00pm  2018年1月13日(土)3:00pm

第1876回定期公演Cプログラム NHKホール

~バーンスタイン生誕100年~

バーンスタイン/スラヴァ!(政治的序曲)

バーンスタイン/セレナード(プラトンの『饗宴』による)*

ショスタコーヴィチ/交響曲 第5番 ニ短調 作品47

指揮:広上淳一

ヴァイオリン:五嶋 龍*

 

 

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