NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

歌舞伎の見得

――文化人類学的に考察すると

船曳建夫

歌舞伎の見得

 

「見得」と人類の進化

 歌舞伎に「見得」という芸がある。舞台で物語が高調したときに、えいやっと力をみなぎらせ目をむいて静止する、あれである。歌舞伎の写真というとだいたいそうした瞬間をとらえたものが多いので、どこかでご覧になったことがあるだろう。戦前の1928年にレニングラード(現サンクトペテルブルク)で行われた歌舞伎公演を映画監督のエイゼンシテインが観て、見得を映画のクローズアップの技法と同じだと大いに感心し、のちに撮った『イワン雷帝』で多用した、というのは有名なエピソードだ。

 

映画『イワン雷帝』のシーンから

映画『イワン雷帝』のシーンから

 

 でも、見得のどこがそれほどまでに感銘を与えたのだろう。演技というのは動いたりしゃべったりすることであって、見得のように突っ立って動かないのであれば、誰でもできそうだ。ところがそうではない。見得は、見る人が見ると、誰もまねできない見事さなのだ。こうしたことすべて、実はわれわれ人類の「進化の未熟」に由来するのだ。順を追って説明しよう。

 

 

二足歩行の理由

 そもそも二足ですたすた歩いている私たちは珍しい動物である。他に二足というと、大きなグループとして鳥がいるが、彼らも移動には、足より羽を使って飛んでいる。俊足のダチョウとか、よちよち歩きの長距離歩行者の皇帝ペンギンもいるが、彼らは例外としてほしい。まずは、二本脚のテーブルがほとんどないように、われわれ人間の二足生活は、すこぶる不安定だということから始める。

 進化上の先祖は4本の足で歩いていたであろうに、なぜわれわれが二本足で立ち上がったのか。理由は3つ考えられる。立ち上がると遠くが見える、2本で立つと残りの2本が手として使える、立ち上がると姿が大きく見えて相手を威嚇できる。3つは互いに矛盾しない。二本足で立って遠くを見、手を使い、相手を威嚇する、素晴らしい!だからこれで答えは出た。・・・そうだろうか?

 遠くが見えるといっても必要なときだけプレーリードッグのごとく立ち上がり、手作業は座ってすればいいし、威嚇するときだけ熊のように立ち上がればよいだろう。もし二本足の方がよいのなら、もっと多くの動物が二本足になっていてもいいはずだ。そこに、人間特有の「知能」が加わって話しは加速する。かしこい頭が手を使って、火を用い、石器を生みだし、罠(わな)を仕掛ける。これで他の動物を抜き去る。あとは、何十万年もかかったが、いまの文明に至るわけだ。つまり、二本足だと不利ではあるが、手による道具がそれを補ってあまりある、と。

 しかし道具の文明的進歩にくらべて身体の生物的進化は遅い。人間の二足生活は忙しさを増すが、身体の方の進化は言ってみればまだ不完全で、馬のようには立ったまま眠れない。それどころか始終、首が痛い、腰が痛い、と、立つことから来る身体の負担はいまだに大きい。逆に言えば、「立つ」という基本的なこと自体が、人類にとってはなかなかの難行なのだ。赤ちゃんが初めて立つと感激するが、立つことだけで素晴らしいことなのだ。

 

九代目市川團十郎の鎌倉権五郎景政の見得のポーズ(1895年11月、歌舞伎座上演の『暫(しばらく)』より)

九代目市川團十郎の鎌倉権五郎景政の見得のポーズ(1895年11月、歌舞伎座上演の『暫(しばらく)』より)

 

究極の二足直立

 え、私たちが毎日やっている二足で立つことが素晴らしい?いや、正確に言おう、ただ立つだけでなく、きちんと立って、動くことが素晴らしいのだ。たとえば、バレエを見に行かれた方は、カーテンコールの時に指揮者が舞台に招かれるところを見るだろう。その時、舞台上で足を開いて二足で整列しているダンサーたちと、指揮者を舞台袖まで出迎える見事な足さばきのバレリーナにくらべると、彼または彼女の足取りのおぼつかなさが、その年齢のせいだけではなく、目立つはずだ。二足の運動は訓練しないときちんとはできない。軍隊では訓練によって、兵隊は二足で一糸乱れぬ整列行進するのだが、さらに閲兵する王様は威厳(威嚇?)を保つために、帝王学で学んだ何時間もの静止した二足直立を行う。二足歩行より、二足静止の方が上に来るあたりが面白い。

 さらに例を挙げよう。器械体操は、鉄棒をつかんでぐるぐる回ったり、床の上で跳んだりはねたりねじったり、およそ人間業とは思えない運動をする。ところが一番難しいのはその運動部分ではなく、誰もが知っているように最後の静止なのだ。どんなに難しいウルトラC超えのパフォーマンスをしても、着地したときに二足直立で静止できなければ、金メダルは取れない。先のバレエの演技でも、どんなに素晴らしい回転をしていても、最後の静止の決まりポーズが取れずにぐらっと揺れてしまうと、場内にため息がもれる。

 歌舞伎の見得とは、そうした直立二足の決めポーズのことである。静止していればいい?いや立役(たちやく)も女形も、名人はその役柄に相応しい、粋や強さや艶(つや)やかさをその見得に込める。二足の姿勢に、不動の安定と、永遠にそのまま生き続けるような美しさをまとわせる。エイゼンシテインが、感動したのは、そこだろう。生物の進化としては未熟で不安定な二足を使って、人間が文化的訓練によって進化を先取りして究極に近づく。その典型的な例が歌舞伎の見得、なのだ。



プロフィール

船曳建夫(ふなびき・たけお)

1948年、東京生まれ。文化人類学者。東京大学大学院総合文化研究科名誉教授。メラネシア(バヌアツ、パプアニューギニア)、ポリネシア(ハワイ、タヒチ)、日本(山形県庄内平野)、東アジア(中国、韓国)でフィールドワークを行う。専門の関心は、人間の自然性と文化性の相互干渉、儀礼と演劇の表現と仕組み、近代化の過程で起こる文化と社会の変化。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2017年11月17日(金)7:00pm  2017年11月18日(土)3:00pm

第1871回定期公演Cプログラム NHKホール

プロコフィエフ(スタセヴィチ編)/オラトリオ「イワン雷帝」

指揮:トゥガン・ソヒエフ

メゾ・ソプラノ:スヴェトラーナ・シーロヴァ

バリトン:アンドレイ・キマチ

合唱:東京混声合唱団

児童合唱:東京少年少女合唱隊

語り:片岡愛之助

 

《イワン雷帝》はエイゼンシテイン監督の映画『イワン雷帝』のためにプロコフィエフが作曲した映画音楽。今回はプロコフィエフ没後にスタセヴィチが編曲したオラトリオで、迫力に満ちた音楽をお届けします。

 

 

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