NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

皐月にチェコを想う

皐月にチェコを想う

ペトル・ホリー

 

 チェコ(旧チェコスロヴァキア、現チェコ共和国)といえば、多くの日本の方はスメタナ、ドヴォジャーク、ヤナーチェク、マルチヌー、そして東京五輪の華と称され、2016年に世を去った体操選手ヴィェラ・チャースラフスカー(日本ではベラ・チャスラフスカという呼び方で親しまれてきた)の名を思い浮かべるだろう。

 古都プラハを首都とするチェコ共和国の面積は北海道より小さく、その人口は1000万人強である。ヨーロッパの東西の真ん中にあり、波乱に富んだ歴史が繰り返されてきた小国である。にもかかわらず、というより、それだからこそ豊かな文化、風習、生まれ育った国への誇りが育まれたのであろう。面積78866km²だが、世界遺産は実に12個もあり、世界遺産の候補予備軍もまだたくさんあるという。

 チェコの幻景に魅了され、1832年よりチェコ国内を放浪しつづけた熱狂的な吟遊詩人がいた。その名はカレル・ヒネク・マーハ(1810~1836)であり、チェコのロマン主義を代表する詩人、作家、そして舞台俳優として知られる。マーハは、豊かであり粗野なところもあるチェコの光景に惹(ひ)かれ、チェコ国中に現存する古城を自ら多く歩き回った。絵の才能にも恵まれた若きマーハは『私が見た城』という絵日記の中で、その数90にものぼる城や廃虚などを自ら描いた115点の水彩挿絵入りで紹介している。

 

マーハ『ホウスカ城』1832年頃

マーハ『ホウスカ城』1832年頃

 

 冒険家で旅人であったマーハは1834年に6週間かけて、なんとイタリアのヴェネチアまで歩く旅にでた。1日ほぼ60キロもの距離を歩いたという。帰り道は船に乗り、テルスト、ウィーンを経由して帰国した。帰路の途中、スロヴェニアの名詩人フランツェ・プレシェーレン(1800~1849)にリュブリャナで会った。マーハは26歳という若さで世を去ったが、波乱に満ちたまさにロマン溢れる人生を送った。

 彼の名を世に知らしめたのが、今なおチェコ人が愛してやまない長編詩『皐月(さつき)』(マーイ)である。1836年4月23日にマーハが自費出版するも、印刷された600冊はまたたく間に完売になった。今やチェコ国内で売れ行きの一番いい本とされている。そして、チェコ人なら誰もが小学校で習う詩の冒頭にあたる下記の一節は、チェコの詩において一番有名であろう。

 

暮れ残る夜――皐月、朔日――

皐月、夕暮れ――愛の時。

山鳩の声、愛へと誘い、

ネズの林、香しき。

静まれる苔、愛を囁く。

花盛りの樹は愛のなげきを偽り、

おのが愛を薔薇に歌うは小夜啼鳥、

香しき息をかけるなり。

灌木の陰に静まれる湖は

密やかなる悲嘆を響かせ、

岸辺は湖を囲み抱きおり。

そして彼方世界の綺羅星は

蒼穹を彷徨い、

そのゆくて愛の涙流れぬ。

さらに異界の綺羅星は虚空に燃えゆきて

永遠の愛の聖堂に入りたるがごとし。

 

(カレル・ヒネク・マーハ著『皐月』、翻訳:小野裕康、『チャペック通信』第17号「特集K.H.マーハの皐月とチェコ詩」[日本チャペック兄弟協会、2008年9月10日発行に掲載] )

 

 マーハはチェコの近代詩の祖といわれ、チェコ人の比類なき誇りであるその詩作『皐月』は叙情、恋愛讃美、そして19世紀に覚醒(かくせい)させられた民族意識に満ちている。当時の公用語はドイツ語だったのに対し、マーハは断固としてチェコ語で執筆を続けた。マーハは自身の詩に修辞技法である隠喩(いんゆ)、撞着(どうちゃく)語法(通常は互いに矛盾していると考えられる複数の表現)を巧みに用いたのである。マーハは1774年に実際に起きた義父殺し事件を題材にしているが、その詩自体はとてもロマンチックで、特に犯人が牢獄(ろうごく)から眺める流れ行く雲の描写、郷愁の念のくだりがいかにも音楽的で美しく、今もなお国民に流布している。

 

マーハ『カールシュテイン城』1831年頃

マーハ『カールシュテイン城』1831年頃

 

 5月はチェコ語でkvěten(クヴィエテン)というが、単に「5月」という意味ではない。日本語に直訳すると、「花咲く月」になる。そう。チェコの月の名前は、古く、叙情的で季節感にあふれる意味を持っている。また、いにしえからの風習がたくさん残っているのも5月前後である。古代ケルト時代からだろうか、4月30日から5月1日にかけての夜は魔性の時期と知られ、現在、チェコで恋人の日とされる5月1日の前夜は、昔ながらに魔女たちがサバトを開いて跋扈(ばっこ)する「ヴァルプルギスの夜」、あるいは「魔女を燃やす夜」などと呼ばれ、今も風習として残っている。1年を暖季と寒季の2つに分けていた古代ケルト人は、暖季を迎えるこの日を大切にしていたという。5月1日の祭りもおそらく古代ケルト人の「ベルティナ」という行事に由来する。森から切り出した高い樹木を色とりどりのリボンなどで飾り、モミの木などで作られた輪っかをその上から通し、「5月の柱」(マーイカ)という塔を街の広場などに飾る。祈祷の意味も含まれ、また春や命の再来を意味するものでもある。5月1日は昔ながらの五穀豊穣(ごこくほうじょう)の祭りを開催し、チェコで満開になるサクランボの木や洋梨の木、リンゴの木などの樹の下で女性にキスすると、「その女性はこの1年健康で枯れることはない」といい伝えられている。よって、この日チェコを訪れると、あちらこちらで老若男女の接吻する場面に出くわすことであろう。これが5月1日を恋人の日という由来である。それを受けて、マーハは「暮れ残る夜、皐月、朔日、皐月、夕暮れ、愛の時」というくだりを書いたと思われる。

 また、5月12日は、マーハとほぼ同じ時代を生きたロマン主義を代表するチェコの作曲家ベドジヒ・スメタナ(1824~1884)の命日であり、この日は1946年にプラハの春国際音楽祭の初日と定められ、スメタナの代表作《わが祖国》の演奏とともに幕を開けることで有名である。チェコの伝説、歴史、そして自然に霊感を受けた《わが祖国》は、プラハにあった「高い城」を意味する〈ヴィシェフラット〉から始まり、その下を南ボヘミアから流れる〈ヴルタヴァ〉(ドイツ語ではモルダウ)につづき、チェコの伝説に登場する勇敢な女性〈シャールカ〉に捧げた曲を経て、自然豊かな〈ボヘミアの牧場と森から〉の次にフス派の軍勢とどろく古い町〈ターボル〉、そしていつでも国を助けようと、中央ボヘミアにある山〈ブラニーク〉で待ち伏せている国の守護神である聖ヴァーツラフが率いる戦士たちによる勝利、希望。まさに春の再来を意味する大切な曲である。

 N響5月定期公演でスメタナの《交響詩「わが祖国」》を聴く貴重な機会に恵まれると知り、チェコの「花咲く月」に思いを馳せた。

 

プラハ市内を流れるヴルタヴァ川

プラハ市内を流れるヴルタヴァ川

 

※人名・曲名等、チェコ語の固有名詞のカタカナ表記は筆者の意向に従いました。通常のN響での表記とは異なります。また、マーハ著『皐月』の訳におけるふりがなは省略いたしました。



プロフィール

ペトル・ホリー(Petr Holý)

1972年プラハ郊外のドブジーシュ生まれ。1990年プラハ・カレル大学文学部日本学科に入学し、語学短期留学で初来日。早稲田大学、東京学芸大学大学院、早稲田大学大学院にて歌舞伎を研究。2006年、駐日チェコ共和国大使館一等書記官として、同大使館内チェコセンター東京を新たに開設、2013年まで所長を務める。現在、チェコ文化・芸術の紹介と普及を目的にしたウェブサイト「チェコ蔵」を主宰。女子美術大学非常勤講師、早稲田大学演劇博物館招聘研究員、文化資源学会会員。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2017年5月13日(土)6:00pm  2017年5月14日(日)3:00pm

第1860回定期公演Aプログラム NHKホール

スメタナ/交響詩「わが祖国」(全曲)

指揮:ピンカス・スタンバーグ

 

 

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