NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

ギュスターヴ・エッフェルを讃えて

岡部憲明

ギュスターヴ・エッフェルを讃えて

 

1枚の写真

 1889年パリ万国博覧会の折に300メートルの鉄塔を建てた人物、ギュスターヴ・エッフェルの自然な姿をとらえた1枚の写真がある。パリ16区に今日も活動しているエッフェル風洞研究所の中で、初期航空機の設計者、タタン(Victor Tatin)のデザインした航空機の10分の1模型を両手で掲げ、じっと見つめるエッフェルの姿をとらえた写真だ。1913年の撮影。その眼差しは科学者の真剣さと愛しいものを見つめる優しさを感じさせるものだ。

 

エッフェル風洞研究所にてタタンの航空機模型を手にするギュスターヴ・エッフェル ©RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Madeleine Coursaget / distributed by AMF-DNPartcom

エッフェル風洞研究所にてタタンの航空機模型を手にするギュスターヴ・エッフェル
©RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Madeleine Coursaget / distributed by AMF-DNPartcom

 

 19世紀は大エンジニア達の時代ともいえるが、エッフェルがとび抜けて重要な位置を占めるのは「風の科学、航空機の科学」を追求したことが大きいと思う。

 

ギュスターヴ・エッフェルの軌跡

 「エコール・セントラル・デ・アール・エ・マニファクテュール(中央工業学校)」で化学を専攻した学生、エッフェルは19世紀半ばフランス第二帝政時代に大きく展開する鉄道建設へと強く興味をひかれていった。

 ポルトガルのポルト市ドーロ川に架かるアーチ橋、マリア・ピア(1877年)はエッフェルらしい設計と施工方法の出発点だ。速い流れの上に優雅ともいえる繊細な姿は、今日も維持されている。ドーロ川鉄道橋の成功ゆえ、ガラビの大鉄道橋建設は特命でエッフェルに与えられた。これら鉄道橋およびフランスがアメリカに送った自由の女神像の構造、ペスト駅舎(ハンガリー)など大規模な構築物とともに、軽量で小規模な橋や建築用鉄骨資材の設計製造なども手掛け、企業として幅と力を増していく。重要なことは優秀な協力者と共同の組織を同時に組み上げていったことだろう。「300メートルの塔」の実現の基盤がつくられていった。

 「風は私の常なる関心事であり、私の敵だ」とエッフェルは繰り返し語っていた。比類ない美しさをもつ「300メートルの塔」のデザインの根幹にあるのは風との戦いであり、風との対話だ。塔の原案は1884年のエッフェル社のエンジニア、ヌギエとケクランによるものとされるが、その後、建築家、ソヴェストルによる意匠が加えられる。しかし、実施案がもつ美しさはそれまでのプロセスのデザイン案をはるかに越えるものとなる。大きな建造物のプロジェクトは多くの才能の集中によってその質が決まっていく。エッフェルはプロジェクトに方向を与え、全体の形態と構法を決定する役割を担ったのだろう。細やかな部材で受けた風の力を外周の主構造材へ、そして基礎へと流していく。実施案では塔は加速度的に上昇する比類のない優美な姿となる。

 

1900年万博と図録『300メートルの塔』

 パリは19世紀に5回の万国博覧会を開催する。その4回目、フランス革命100年を記念する1889年万博で「300メートルの塔」が生まれる。5回目の1900年万博の折、ギュスターヴ・エッフェルは500冊限定の大型本『300メートルの塔』を出版する。

 フランス革命200年の1989年に万博をパリで開催する計画があった。私は2年間ほどこの計画にかかわった。その万博準備室に集められた万博史の参考資料としてエッフェルの『300メートルの塔』があり、閲覧する機会を得た。この図版録を開くと、施工システム図、エレベーター機構図などが華やかな細密絵画のように目に飛び込んでくる。石版リトグラフィーで淡い緑とセピアで色付けられたページは忘れがたい。塔の解体を防ごうとするエッフェルの強い意志が図録の背後に読み取れた。

 

ポンピドゥー・センターとエッフェル塔

 パリの総合文化施設ポンピドゥー・センター(1977年開館)の設計建設チームにいたころ、エッフェルとエッフェル塔はよく話題にのぼった。エッフェル塔はパリ歴史的中心から離れた西側のシャン・ド・マルス地区に建ったが、ポンピドゥー・センターはまさにパリの中心、ノートルダム寺院のすぐそばに立地。国際公開競技で681案の中から選ばれたメカニカルな姿はかなりの反発を受けた。建築家もエンジニアもそんな批判の中、黙々と作業を続けていたが、エッフェル塔が実現プロセスの間に受けた批判に耐え、解体の危機ものりこえ、今日もパリを飾るその姿に、日々励まされたように記憶している。

 新しい時代に向けた構築の意志と、風との戦いに示された科学するエッフェルの思考は、日本で関西国際空港旅客ターミナルビルの設計、建設時にも支えとなってくれた。18メートルもの高さのガラス壁を構成する細やかなトラス支柱の複雑な設計コンセプトを尊重して製作してくれたのは、エッフェルの技術への挑戦の意志を受け継いでいたフランス鉄骨製造会社だった。マルセイユ港から関空島へと海を渡ってきた特製の木箱が開けられ繊細なトラス支柱を見たとき、ギュスターヴ・エッフェルの姿を思い浮かべた。

 

パリの屋根の上で

 5回のパリ万博は、パリ歴史都市を近代都市構造へと変革してきた機会でもあり、万博を活用してパリは西へと開発が進められた。エッフェル塔のあるシャン・ド・マルス地区もパリの西地区。それゆえ、パリの街で西日を背に受けたエッフェル塔を望む機会は多い。私自身は夕陽の赤い光の中であのレースのような細やかな構造体が、光の回折でさらに繊細に輝く夕暮れの時間が気に入っている。

 

夕陽を背にするエッフェル塔 ©N. Okabe

夕陽を背にするエッフェル塔
©N. Okabe



プロフィール

岡部憲明(おかべ・のりあき)

建築家。岡部憲明アーキテクチャーネットワーク代表。1947年静岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業。フランス政府給費研修生として渡仏後、レンゾ・ピアノと20年間にわたり協働、ポンピドゥー・センター、IRCAM音響音楽研究所の設計に従事。1995年に岡部憲明アーキテクチャーネットワークを設立。神戸芸術工科大学教授(1996‐2016)。代表作に関西国際空港旅客ターミナルビル、牛深ハイヤ大橋、小田急ロマンスカーVSE、MSE、箱根登山電車3000形、在東京ベルギー大使館など。著作に『エッフェル塔のかけら』『空間の旅』『関西国際空港旅客ターミナルビル(監修)』など。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2017年2月11日(土・祝)6:00pm  2017年2月12日(日)3:00pm

第1856回定期公演Aプログラム NHKホール

ペルト/シルエット ― ギュスターヴ・エッフェルへのオマージュ(2009)[日本初演]

トゥール/アコーディオンと管弦楽のための「プロフェシー」(2007)[日本初演]

シベリウス/交響曲 第2番 ニ長調 作品43

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

アコーディオン:クセニア・シドロヴァ

 

 

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