NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

教会のステンドグラス

――その歴史と可能性

櫻井義夫

教会のステンドグラス

 

窓の役割

 「ステンドグラス」といえば、キリスト教教会を代表する窓まわりの表現という印象をお持ちの方が多いだろうと思う。ここでは空間表現としてのステンドグラスの位置づけや、歴史的な経緯、可能性に関してご紹介してゆきたい。

 もともとガラスはキリスト教が存在しない古代から存在している材料であり、色ガラスに関して言えば、キリスト教誕生後のビザンティン文化において発達した。

 建築的に室内空間を完成させるためには、採光の役割を担う窓に透明な材料を割り当てねばならないことは、現代の私達の窓を見てもよく理解できるだろう。窓は大きければ大きいほど室内を明るくし、小さければ小さいほど室内を暗くする。室内環境に最適な大きさの窓は、室内空間に何を求めるかによって変わることとなる。

 例えば小さな窓から強い光が差し込むことで象徴的な印象を与え、光と影の劇的な環境が作られるのは、もともと中世初期のロマネスクの教会に多く見られる表現であり(写真1)、窓には光自体の象徴性を担わせて、形と数のみで意味を発生させていたことがわかる。組積造(そせきぞう)による壁の厚さが印象的であり、かろうじて穿(うが)たれた窓は非常に神秘的な印象を与える。

 

写真1:カルドナの修道院教会サント・ビセンス(スペイン)

写真1:カルドナの修道院教会サント・ビセンス(スペイン)

 

 

ステンドグラスの誕生

 ステンドグラスが登場するきっかけとなったのは、中世も後半、12世紀の半ばに建築様式を大きく変更させた教会建築が誕生したことによる。最初の例が、フランス、パリ郊外のサン・ドニにあるカテドラルだと言われている(写真2)。写真をみて一目でわかるのは、圧倒的に窓の面積が大きいということである。

 

写真2:サン・ドニ大聖堂(フランス)

写真2:サン・ドニ大聖堂(フランス)

 

 ではこれまで実現しなかった巨大な窓がどうして可能になったのか。教会の外観を見ると、はっきりと目立つ跳ねだした梁(はり)のようなものが確認できる(写真3)。フライング・バットレスと呼ばれる一種の控壁(ひかえかべ)であり、会堂が横に開き崩壊する力を止めているのだ。壁の厚さに頼っていた構造が、技術的な対応で壁厚どころか壁の存在自体を希薄にし、ほとんど柱だけが残ることとなった。

 

写真3:ノートル・ダム大聖堂(パリ)のフライング・バットレス

写真3:ノートル・ダム大聖堂(パリ)のフライング・バットレス

 

 

ステンドグラスの最盛期

 こうした空間は多くの光を必要とした北方ヨーロッパで発達したということは、極めて合理的な解決であったといえるだろう。広大な窓は当然表現の場として重要な役割を与えられた。大きなガラスは今日では容易に製造されるようになったものの、中世では当然存在しない。鋼材のシャーシーの中にガラスを納め、鉛の押縁(おしぶち)で縁取りを描きながら表現する内容は、これまで壁に描かれていた物語がまず題材となった(写真4)。

 

写真4:ノートル・ダム大聖堂(パリ)の聖書の物語を描いたステンドグラス

写真4:ノートル・ダム大聖堂(パリ)の聖書の物語を描いたステンドグラス

 

 聖書の様々な物語シーンが描かれ、ひとつひとつのシーンをつなぎ合わせると、聖書を読んだことになるという、宗教教育的な施策であり、多くの民衆を魅了し、教会へといざなった。色とりどりのガラスは主に鉱物質を混ぜることによって鮮やかに着色され(ステンドの意)、美しい組み合わせを実現した。パリのノートル・ダム大聖堂は様式的な完成をみる代表例であり、特に薔薇(ばら)窓と呼ばれる教会正面と翼廊(よくろう)の先に象徴的に表現された石の枠とステンドグラスの組み合わせは、強烈な存在感をもたらしている(写真5)。ステンドグラスの最盛期はここに表現されたと言ってよいだろう。

 

写真5:ノートル・ダム大聖堂(パリ)の薔薇窓外観

写真5:ノートル・ダム大聖堂(パリ)の薔薇窓外観

 

 同じパリにある、サント・シャペルは、教会の中でも最も美しいステンドグラスを持った礼拝堂である、と多くの人が評価している空間である(写真6)。壁はほとんどステンドグラスだらけで、空間全体が万華鏡のような印象をあたえる神秘的な空間作品である。美術史・建築史的にはゴシックと呼ばれる時代である。ステンドグラスの教会、それはゴシック教会だと言っても大きな間違いはない。

 

写真6:サント・シャペル(パリ)

写真6:サント・シャペル(パリ)

 

 

ステンドグラスの終焉(しゅうえん)とアール・ヌーヴォー

 しかし 15世紀初頭のルネサンス時代になると、ギリシャ・ローマの古典主義建築が再度主流となる(写真7)。内部空間の写真を見てわかるのは、開口部がまた小さく絞られて、壁面は彫刻や絵画で飾られるようになったことである。もはやステンドグラスの場所はなく、ステンドグラスの時代は終わってしまったかのようである。

 

写真7:サン・ピエトロ・イン・モントーリオ教会(ローマ)

写真7:サン・ピエトロ・イン・モントーリオ教会(ローマ)

 

 19世紀末。鉄の技術がにわかに生活空間を変え始めた時、鉄骨の柱梁(はしらはり)で作られる構造部分以外に必然的に残された大空間に、柔らかな光を巧みに取り入れる提案が多く登場し始めた。過去に美しく表現された記憶は再度宗教性から離れた形で、新しい時代にふさわしいステンドグラスとして新たな彩りを表現したのだ(写真8)。アール・ヌーヴォーと呼ばれる表現であり、新たなる商業空間の屋根にもガラスの透明感の高い美しい空間が表現されるようになった。

 

写真8:アノン邸(ブリュッセル)

写真8:アノン邸(ブリュッセル)

 

 さらに、第2次大戦前後にコンクリートを積極的に使ってゴシック的な窓表現を再現したオーギュスト・ペレーの教会(写真9)(写真10)や、むしろ時代をさかのぼったかのような、小さな窓を穿たれた中に色とりどりの採光を散りばめるという、ロマネスク的なル・コルビュジェの作品(写真11)も、こうした系譜の最後を飾る美しい空間として、多くの人々を虜(とりこ)にしている。

 「教会のステンドグラス」は、歴史の流れの中で様々な空間表現を可能にし、素晴らしい空間とともに音楽的な印象をも、私達に残してきてくれていると言ってよいだろう。

 

写真9:オーギュスト・ペレーによるル・ランシーの教会

写真9:オーギュスト・ペレーによるル・ランシーの教会

 

写真10:オーギュスト・ペレーによるサン・ジョゼフ教会(ル・アーヴル)

写真10:オーギュスト・ペレーによるサン・ジョゼフ教会(ル・アーヴル)

 

写真11:ル・コルビュジェによるノートル・ダム・ドゥ・オー(ロンシャン)

写真11:ル・コルビュジェによるノートル・ダム・ドゥ・オー(ロンシャン)

 

 

ステンドグラスの可能性を探る

 ところで、私が先日設計した建築の中に、構造家が提案してくれた、「ステンドグラス構造」を採用した(写真12)。これまでのステンドグラスは、構造に囲われた開口部に絵のようにガラスを収めるものであったのに対し、枠とガラスが一体となって、壁や柱の役割を果たす構造要素そのものになる、という構造家の提案を使って、軽い構造体による建築の可能性を探ったものである。つまり発展的に展開すると、ステンドグラスだけで支えられた壁も柱もない建築が可能になるということになる。ステンドグラスはこのように常に構造と窓の面積の取り合いによって表現され、一度作られた歴史的・伝統的な表現は、必ず更新されて新たな高みに向かってきた。ステンドグラスは新しい時代にどのように新しい表現として再生するのか、むしろこれからが楽しみと言ってよいだろう。

 

写真12:早稲田鶴巻町I計画

写真12:早稲田鶴巻町I計画

 

 さて、レスピーギの作曲した《教会のステンドグラス Vetrate di chiesa》という楽曲のタイトルにあるイタリア語のvetrataとは、今日では単にガラスを嵌(は)めた窓、の意であるが、イタリアの教会はむしろ写真(写真7)のような建築表現を主流としていて、鮮やかなゴシック的ステンドグラスは表現されないことが多い。はたして音楽ではどのように表現されたのか。色鮮やかなステンドグラスの光との協奏曲なのか、象徴的な集中光の移ろいなのか。そんな思いをもって音楽を鑑賞すると、豊かな教会の内部空間の体験に重なるかもしれない。

 

※写真12以外の写真はすべて筆者提供



プロフィール

櫻井義夫(さくらい・よしお)

建築家。東京大学工学部建築学科卒業、ヴェネツィア建築大学留学、東京大学工学系大学院修士課程修了。丹下健三都市建築設計研究所、Studio Mario Botta(ルガーノ、スイス)、Atelier Christian de Portzamparc(パリ、フランス)勤務。一級建築士事務所インテルメディア・デザインスタジオ主宰。東洋大学教授。代表作に、Villa KNT、KMJクリニック、Boutique MOMI-Paris、世田谷聖母幼稚園デリア館など、著書に『フランスのロマネスク教会』『スペインのロマネスク教会』などがある。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2017年1月18日(水)7:00pm  2017年1月19日(木)7:00pm

第1854回定期公演Bプログラム サントリーホール

レスピーギ/グレゴリオ風の協奏曲*

レスピーギ/教会のステンドグラス

レスピーギ/交響詩「ローマの祭り」

指揮:ヘスス・ロペス・コボス

ヴァイオリン:アルベナ・ダナイローヴァ*

 

 

N響ライブラリー