NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

モンパルナス、狂乱の1920年代

辻仁成

モンパルナス、狂乱の1920年代

 

パリに暮らす

 パリで暮らしだして15年という歳月が流れた。我が人生の実に4分の1ちかくをここパリで過ごしてきたことになる。パリのシャルル・ド・ゴール空港に降り立つたび、またここに帰ってきたな、と安堵(あんど)しながらも思う。

 私と息子が暮らすアパルトマンは左岸の文化的中心地にある。芸術に触れたければロダン美術館やオルセー美術館まで歩くことができる。買い物がしたければル・ボンマルシェへ赴き、創作が行き詰まったらサンジェルマン・デ・プレ界隈のカフェをはしごする日々である。仲間と呑みたい夜は、モンパルナスのヴァヴァン地区へと繰り出す。

 モンパルナス大通りとラスパイユ通りが交差するこのあたりには、歴史的なカフェ・ビストロが軒を連ねている。1920年代、モディリアニ、マティス、ピカソなどが出入りしていた「ル・ドーム」。そうだ、藤田嗣治(つぐはる)もここの常連客であった。さらには、ダリ、ラディゲ、ストラヴィンスキーらが集った「ラ・ロトンド」。ヘミングウエイをはじめアメリカ系芸術家が好んだ「ル・セレクト」、そして、コクトー、サンテグジュペリ、ジョイス、ジッドなどそうそうたる顔ぶれが夜な夜な盃を交わしたと言われる「ラ・クーポール」といった具合である。もちろん、彼らは一軒で満足するはずもなく、それぞれのカフェを巡回、はしごしたに違いない。19世紀、マネやルノワールなどの画家に愛されたのは右岸のモンマルトルであった。しかし、19世紀末になると芸術家たちはモンマルトルを去り、モンパルナスを目指した。

 

パリ、モンパルナス大通りに立つ「ラ・ロトンド」

パリ、モンパルナス大通りに立つ「ラ・ロトンド」

 

 私は年に数度、「ル・ドーム」に赴き、生牡蠣(かき)や魚料理に舌鼓を打つ。編集者とは交差点に面した「ラ・ロトンド」で待ち合わせる。気の合った作家や舞踏家、音楽家、芸術家などと小さなパーティをやったりもする。みんな酔い、終わることのない笑い声が弾(はじ)ける。かしこまらないギャルソンたちは愛想が良すぎたり、不愛想だったり、慇懃(いんぎん)無礼だったり、人それぞれだが、気にするのはこの街のことをあまり知らない観光客だけである。

 

芸術家が愛したモンパルナス

 この一帯は1920年代の狂乱のパリをそのまま受け継いでいる。遅い時間になればなるほど、にぎやかになってくる。私はその辺の老舗(しにせ)カフェのテラス席に陣取り、1920年代のモンパルナスへと思いを馳(は)せる。藤田嗣治改めレオナール・フジタはその一員であった。大正時代、彼はどういうルートでここまでやってきたというのだろう?彼はどのようなヴィザを所持していたのであろう?言葉はどうやって覚えたのか?そんなことを考えるのは実に楽しい。

 

藤田嗣治(レオナール・フジタ 1886-1968)1917年パリ

藤田嗣治(レオナール・フジタ 1886-1968)1917年パリ

 

 高校生のころ、私はレイモン・ラディゲに衝撃を受け、小説を書き始めるようになる。その後、コクトーやプルーストを読みあさった。1999年拙著『白仏』でフェミナ文学賞を受賞した。その第1回受賞者がサンテグジュペリである。ホテル・クリヨンでの授賞式の翌日、私は一人でモンパルナス・ヴァヴァンを散歩した。1、2年、ここで暮らしてみるのも悪くないな、とその時に思った。結局、暮らしだしてみると、運命に抗(あらが)えなくなり、気が付けば15年もの歳月が流れてしまった。息子が大学を卒業するまで、あと数年はここに留まるつもりである。

 

ジャン・コクトー(右端、1889-1963)

ジャン・コクトー(右端、1889-1963)

ココ・シャネル(1883-1971)

ココ・シャネル(1883-1971)

 当時、話題の作家、芸術家らはみなモンパルナス・ヴァヴァン地区の常連であった。その中にはお針子からスタートしたココ・シャネルもいたし、マン・レイはキキの写真をここで撮り続けている。ヴァヴァンとゲテ通りとの間にはたくさんの劇場があり、有名無名を問わず様々な歌手が熱唱し、観客の歓声と鳴りやまない拍手がこの街を包み込んだ。芸術を重んじるフランス政府はこの騒ぎに寛大であった。乱痴気騒ぎに明け暮れることが可能なここモンパルナスの評判が世界中の芸術家の関心を集めた。そして、1920年代、モンパルナスは芸術の自由解放区となった。

 

今のパリが好きだ

 しかし、狂乱のパリと言わしめたその時代の芸術運動も、1929年の世界大恐慌とともに幕を閉じる。芸術家たちがモンパルナスを去りはじめた。不意に灯が消え、あたりは沈み込む。モンパルナス駅には外国から貧しい人々が到着するようになった。

 そして、時代とともにその風景も変わった。けれど、百年近い年月が過ぎた今もここモンパルナスのそこかしこには当時を懐かしむことのできる文化的佇(たたず)まいが残されている。1920年代に賑わったカフェやビストロは今も営業を続けている。作家のフィリップ・ソレルスをはじめ、様々な芸術家が暮らしている。

 何が違うかというと狂乱や熱狂がないだけだ。文化の発信地ではなくなったのかもしれない。もっとも、今のパリに1920年代のモンパルナスのような華やかで凄まじい芸術運動の勢いはどこにも見当たらない。遠い記憶を懐かしむ穏やかに老いた観光地パリがあるだけだ。芸術を志すものは昔のように群れなくなり、パリにそれを求めなくなった。今の芸術家たちはひっそり、個を保って創作に明け暮れている。

 私は今のパリが好きだし、そこで生きている。息子はここで生まれ、今は中学2年生となった。彼が彼の友人らとしゃべるフランス語を理解できずに苦笑する自分の運命の悪戯に、やられたな、と思うこともある。でも、それこそが人生というものではないだろうか。

 さてと、筆を置いて、カフェにでも出かけることにしよう。



プロフィール

辻仁成(つじ・ひとなり)

作家、ミュージシャン、映画監督。東京都生まれ。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞、1997年『海峡の光』で芥川賞、1999年『白仏』のフランス語翻訳版 “Le Bouddha blanc” で、仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。著作はフランス、ドイツ、スペイン、イタリア、韓国、中国をはじめ各国で翻訳されている。著書に『右岸』『息子に贈ることば』『パリのムスコめし』など多数。映画監督としては『フィラメント』でドーヴィル・アジア映画祭・最優秀イマージュ賞受賞など、監督作は8作品となる。パリ在住。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2016年10月15日(土)6:00pm  2016年10月16日(日)3:00pm

第1844回定期公演Aプログラム NHKホール

チャイコフスキー/スラヴ行進曲 作品31

グラズノフ/ヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品82

ストラヴィンスキー/幻想曲「花火」作品4

ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」

指揮:アレクサンドル・ヴェデルニコフ

ピアノ:ワディム・グルズマン

 

1920年代パリ、モンパルナスの狂乱に思いをはせながら、その時代を生きたストラヴィンスキーの音楽に酔ってみてはいかがでしょう?

 

 

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