NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

「無」の存在を感じる脳

「無」の存在を感じる脳

池谷裕二

 

2種類の休止

 休止――この言葉を聞くとき、2つの固有なイメージが頭に浮かびます。1つは、連続した時間に「間」(ま)をとる休息。つまり、日常をふと離れた人生の一旦(いったん)停止、あるいは仕事の合間の一服としてのつかの間の息抜きとしての休止などです。もう1つは、何もないところに「間」を感じさせる存在感としての休止。ブルックナーの交響曲の全休止(ゲネラルパウゼ)のように音が欠如した時空という存在感、あるいは見えない対象に意図や心の動きを察知させる存在感などです。

 この2種類の休止に関する最新脳科学の知見を紹介したいと思います。

 

 まずは、息抜きとしての休止。仕事の合間の息抜きは、心をリフレッシュさせてくれます。すると、また新たな気持で仕事に打ちこむことができます。

 ブエノスアイレス大学のハイデ・ヴィオラ博士らが発表したリフレッシュに関する研究では、ネズミを用いて息抜きの効果を実証しました。ネズミがリフレッシュするとは、それだけでも驚きますが、リフレッシュによって記憶力が高まるというのです。

 博士らはネズミを用いて物体を識別するテストを行いました。ネズミをある箱空間に入れます。箱には積み木やボールやスプーンといった物体が2つ置かれています。しばらく時間が経ってから、再び同じ箱にネズミを入れます。ただし、今度は1つの物体が別の物体に変わっています。すると「おや?」と思うのでしょう。ネズミは新しい物体を見に来ます。つまり、新しい物体にどれほど関心を示すかで、ネズミが以前に見かけた物体をどれほど覚えているのかを(端的に言えば「ネズミの記憶力」を)測定することができます。

 面白いことに、30分後の試験ではまだよく覚えているのですが、2日後に試験を行うと、もう以前に見た物体を覚えていないことがわかります。時間が経(た)てば忘れてしまうのはヒトもネズミも同じことです。

 そこでヴィオラ博士らは、ネズミにリフレッシュしてもらうことにしました。最初の箱から出したあと、通常はすぐに巣に戻すのですが、これまでに一度も来たことのない場所で5分間過ごしてもらいました。そして2日後に試験を行ったところ、記憶成績が上昇しました。つまり、新鮮な場所でリフレッシュすると、見たものの記憶がよく残るというわけです。

 これはヒトでも同じことです。仕事の合間に喫茶店やコンサート会場に足を運ぶなど、ちょっとした生活の息抜きは、単なる心身のリフレッシュにとどまらない良い効果を脳にもたらすのです。

 

「無」は存在する?

 続いてはもう1つの休止、「無」を感じさせる存在としての休止です。意外に思われるかもしれませんが、高度に情報化された社会に住む私たちには、「無」は情報となります。たとえば手紙。通常の感覚では、そこに書かれている内容こそが情報です。書かれていないことに関しては知るよしもありませんから、情報として無効であるように思えます。しかし実際には逆です。「便りのないのはよい便り」というように、手紙が来ないのは「無事でいる」という知らせになります。つまり、「無」は情報として有益なのです。

 

 無に存在を感じる──なんとも不思議です。無という存在を脳はどのように感知しているのでしょうか。メキシコ国立自治大学のアンドレアス・ニーダー博士らの研究を紹介しましょう。今度はサルを用いた実験です。

 サルに、モニターに様々な記号を表示させ、記号に応じてとるべき行動を覚えてもらいました。ただし、ときおり信号が表示されないことがあります。このときは別の行動をとらねばなりません。つまりこの試験では、「無」という信号それ自体が合図となっているのです。

 博士らは、信号がなかったときに反応する神経細胞が本当に存在するのかを探っていったところ、それを前頭葉に見出しました。前頭葉は高度な認知機能を担う場所です。無に反応する神経細胞がそこに存在したということは、「無」は脳にとっては単なる「無」ではなく、「無なる存在」として認知されているわけです。

 

ヒポクラテス(紀元前4世紀頃)以来、脳の働きについての探求は続いている。 コス島アスクレピオス神殿の床絵。アスクレピオス神(中央)とヒポクラテス(左)

ヒポクラテス(紀元前4世紀頃)以来、脳の働きについての探求は続いている。
コス島アスクレピオス神殿の床絵。アスクレピオス神(中央)とヒポクラテス(左)

 

「無」の意味とは

 ところで、日本人を含む東洋系の人は「無」を感じる能力が高いと信じられています。日本人はそれを誇りに思ってさえいます。諸行無常や色即是空は独特の概念ですし、能楽や枯山水には表現形式を極限まで切り詰めた虚無性を主題する作品もあります。

 しかし、無を楽しむのはアジアに独特な文化でしょうか。サルの脳にも無を感じる神経細胞が備わっているのですから、無を嗜(たしな)むのは万国共通ではないでしょうか。実は「便りのないのはよい便り」は日本だけでなく、世界中で使われています。いや、むしろ、このことわざは南欧から日本に輸入されたもののようです。

 

 数字でいう「無」、つまりゼロという概念は古代インドあるいは中東域で発明されました。この発見は数学を大きく進歩させました。無に「0」という有形記号をあてる行為は、「無の存在」の顕在化に相当します。現在でもインドでは「無が存在する」という奇妙な言語表現があります。

 

インドの数学者・天文学者ブラーマグプタは628年に『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』で「0/ゼロ」を定義している。ブラーマグプタを描いた19世紀のエッチング

インドの数学者・天文学者ブラーマグプタは628年に『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』で「0/ゼロ」を定義している。
ブラーマグプタを描いた19世紀のエッチング

 

 これはとても重要なことです。なぜなら古代インドから派生した言語(インド・ヨーロッパ語族)では類似の表現が広く使われているからです。たとえば英語では「There is nothing」という表現があります。ほかにも「Nobody knows it」「I have no idea」など、「無」を主語や目的語にした肯定文が多く存在します。日本語にはこのような表現はほとんどありませんから、少なくとも言語表現の上では、むしろ日本人のほうが「無」を大切にしていない文化背景を持っているとさえ言えます。

 

 ともあれ、世界中の人々が確かに「無」を感じていて、それを生活や芸術に積極的に取り入れているのは確かなことです。だからこそ、ブルックナーの全休止の妙味を、西洋から遠く離れた日本人の脳も感じることができるわけです。



プロフィール

池谷裕二(いけがや・ゆうじ)

東京大学薬学部教授。薬学博士。1970年生まれ。アメリカ・コロンビア大学留学を経て、2014年より現職。専門分野は大脳生理学。特に海馬の研究を通じて、脳の健康について探究している。文部科学大臣表彰 若手科学者賞(2008年)、日本学術振興会賞(2013年)、日本学士院学術奨励賞(2013年)など受賞。著書に『海馬』『記憶力を強くする』『進化しすぎた脳』など。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2016年9月24日(土)6:00pm  2016年9月25日(日)3:00pm

第1842回定期公演Aプログラム NHKホール

モーツァルト/ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595

ブルックナー/交響曲 第2番 ハ短調

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

ピアノ:ラルス・フォークト

 

「ブルックナー休止」とも言われる彼の交響曲の特徴のひとつ、「全休止」。「無」の存在も含めてブルックナーの音楽のだいご味を存分にお楽しみください。

 

 

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