NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

イギリス人の心象風景にある音楽

笠原敏彦

イギリス人の心象風景にある音楽

 

 新聞社の特派員としてロンドンに8年間住んだ。ここを「世界の首都」だと言う人がいる。確かに、文化面ではエキサイティングな街である。滞在中、クラシック音楽のコンサートにもよく出掛けた。コンサートホールは、テムズ川右岸のロイヤル・フェスティヴァル・ホールが好きだ。ロンドンの夏は日の入りが遅く、夜10時を過ぎてもまだ明るい。コンサートが終わり、高揚した気分でテムズ川沿いのプロムナードを散歩する気分は最高だった。

 と言いながらも、ロンドンはクラシック、オペラよりミュージカルの都である。アンドリュー・ロイド・ウェバーの『オペラ座の怪人』や『キャッツ』といった定番は、5回は観ただろうか。ミュージカルを含め、大衆音楽ではビートルズやローリング・ストーンズなどを筆頭に抜群の存在感を示すイギリスだが、ことクラシック音楽となると、日本人にもなじみ深いのは《行進曲「威風堂々」》のエルガーや《組曲「惑星」》のホルストぐらいだろう。「芸術性」と「大衆性」の間のこのギャップは、一体なんなのか。

 

音楽不毛の国?

 イギリスには歴史的に「音楽不毛」の時代があったという。この辺りの事情については、著名なジャーナリスト、ジェレミー・パクスマン氏の分析が面白い。彼が言うには、ヘンリー8世が16世紀に自らの離婚問題でローマ・カトリック教会から離脱し、英国国教会を設立したことが大きいのだという。これにより、絵画や彫刻など宗教芸術はローマ的なものとして破壊し尽くされ、イギリスは文化的に大陸欧州から切り離される。代わってイギリスでは、シェークスピアに代表される「言葉の国」になったのだというのである。

 彼の著書『前代未聞のイングランド』から以下の一節を紹介したい。

 

 「イングランド人は確かに言葉にとりつかれた国民となり、一方、音楽その他の芸術への興味、才能は、きわめて雑多な様相を呈するようになった。つまり一時期はイングランドは『音楽のない国』と言われたかと思うと、ある時期はドイツ生まれのヘンデルが宮殿でもてはやされるし、1905年には作曲家のエルガーが自分は『(イギリス)国民の心をつかんだことのない芸術(音楽)を受け継いでいて、外国で受ける敬意を受けていない』と嘆く始末なのである」

 

イギリス人の誇り、エルガー

 そして、そのエルガーである。イギリスに暮らせば、否応なく、このイギリスを代表する作曲家の圧倒的な存在感を知ることになる。

 例えば、「プロムス」と呼ばれる世界最大級のクラシック音楽祭はその筆頭だ。ひと夏を通してロンドンのロイヤル・アルバート・ホールを中心に開かれる様々なコンサート。1895年に始まったプロムスの目的は、クラシック音楽にあまり縁のない人たちに音楽に親しんでもらうことだ。チケットの値段は安く設定され、かつてはコンサート中に動き回ることも、飲食も自由だったという。現在でも、ロイヤル・アルバート・ホールのステージの目の前には立ち見のアリーナ席が設けられ、聴衆は曲目に合わせて歌ったり、踊ったりするのである。大陸欧州から見ると常識外れであり、権威、スノッブ(気取り屋)へのシニシズムを国民性とする実にイギリス的なやり方と言える。

 このコンサートは、毎年9月中旬の最終日「ラスト・ナイト・オブ・プロムス」で幕を閉じる。そして、そのクライマックスとして定番となっているのが、エルガーの《威風堂々》なのである。1901年作曲のこの曲を、ヴィクトリア女王を継いだ国王エドワード7世は大いに気に入り、エルガーに戴冠式のための作品を書いてほしいと依頼。《威風堂々》の第1番の中間部に歌詞をつけて誕生したのが《Land of Hope and Glory(希望と栄光の国)》という愛国歌だ。その旋律を聴けば、「あの曲か」と思い起こす日本人も多いはずである。

 

「ラスト・ナイト・オブ・プロムス」2015の様子 by Neil Rickards

「ラスト・ナイト・オブ・プロムス」2015の様子 
by Neil Rickards

 

 ラスト・ナイトの最終盤でこの曲が演奏されると、会場の聴衆は総立ちになって国旗を打ち振り、大声で合唱する。7000人収容のホールで繰り広げられるその光景は壮観そのもの。人々が手にするのは、イギリス国旗「ユニオン・ジャック」だけではない。それぞれの聴衆が自国の旗を振っても歓迎されるから、日本や韓国も含め、様々な国の旗が波のように揺れる。イギリス社会の持つ寛容さの一端をかいま見るシーンである。

 最終日は、ロンドンのハイド・パークのほか、連合王国を構成するスコットランド、ウェールズ、北アイルランドの公園に野外ステージと巨大スクリーンが設置され、ロイヤル・アルバート・ホールのコンサートの模様が同時中継される。各地で沸き起こる歌声は一つになる。少々大げさに言うなら、《希望と栄光の国》という曲の下で国民が一体化する光景が毎年繰り広げられるのである。それは、イギリス人としての誇りを国民が再認識する場だ。この意味において、エルガーはイギリス人の心象風景の中でまさに真の国民的作曲家なのである。

 

イギリス紳士を思わせる曲

 エルガーでは、もう一つ忘れられないシーンがある。2012年7月のロンドン五輪の開会式だ。メインスタジアムでの開会式は、フィールド全体を舞台にイギリスの近現代史を表現するものだった。その冒頭は、イギリスの緑豊かな田園地帯が再現され、産業革命へと突入する時代をテーマにしていた。その中で、18世紀の偉大なエンジニア、イザムバード・キングダム・ブルネルに扮した山高帽の男優がシェークスピアの『テンペスト』の一節を朗読する部分があったのだが、その背景で流れていたのが、エルガーの《変奏曲「謎」》の第9変奏〈ニムロッド〉だった。

 「気高さ」をモットーにしたというエルガーらしく、優美で壮大でありながらも抑制が効いた旋律。私はこの旋律を聴くとき、すべての感情を胸のうちにしまい込み、人生の哀愁を漂わせるジェントルマンの後姿をイメージする。

 ロンドン五輪の芸術監督を務めたのは、映画『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)でアカデミー賞8部門を総なめにしたイギリス人監督、ダニー・ボイル氏だった。私が五輪前に彼にインタビューした際、「イギリスが世界に与えた多くの優れたもの」を開会式の前面に押し出すと抱負を語っていた。その演出において、ボイル氏は作家のシェークスピアと並ぶ作曲家として選んだのがエルガーであり、曲は〈ニムロッド〉だったのである。

 

 その〈ニムロッド〉を聴くたびに、一つの空想に思いをめぐらせる。この音楽を聴くのにもっともふさわしい場所はどこだろう、と。まず思い浮かぶのは、ゆるやかな緑の丘陵地帯が続くイギリスの田園風景だ。そして、作家エミリー・ブロンテが住み、名作『嵐が丘』の舞台となったイングランド北部のヨークシャーデールのハワースの丘を想う。紫色のヒースが生い茂るその荒野にたたずみ、〈ニムロッド〉に耳を傾けてみたい。その場に身を置けば、何気ない日々の生活さえも、より甘美なものに感じられるような気がする。

 

ヒースの丘(イギリス、ヨークシャー)by Glyn Drury

ヒースの丘(イギリス、ヨークシャー)
by Glyn Drury




プロフィール

笠原敏彦(かさはら・としひこ)

1959年生まれ。東京外国語大学卒業。1985年毎日新聞社入社。ロンドン特派員(1997~2002年)として欧州情勢のほか、アフガニスタン戦争やユーゴ紛争などを長期現地取材。ワシントン特派員(2005~2008年)としてホワイトハウス、国務省を担当し、ブッシュ大統領外遊に同行。2009~2012年欧州総局長。滞英8年。現在、編集委員・紙面審査委員。著書に『ふしぎなイギリス』など。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2016年5月14日(土)6:00pm  2016年5月15日(日)3:00pm

第1835回定期公演Aプログラム NHKホール

武満 徹/波の盆(1983╱1996)

モーツァルト/2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K.365

エルガー/変奏曲「謎」作品36

指揮:尾高忠明

ピアノ:チック・コリア、小曽根 真

 

 

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