NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

N.Y.「ウェストサイド」は今?!

津山恵子

N.Y.「ウェストサイド」は今?!

 

ニューヨークの東と西

 ニューヨーク・マンハッタン島の西と東は、異なる顔を持つ。西側、ウェストサイドの中心は、劇場街のブロードウェイがあり、アートと文化の「顔」を持つ。これに対し、東側、イーストサイドの顔は、ビジネスだ。

 当然、歴史的に西側には、「芸」と関連する混沌(こんとん)とした雰囲気が漂っていた。

 住人は、貧乏なミュージシャンや作家、売れない役者、ドラッグの売人、売春婦、ギャング。これ以外の多くの住民は、世界のあらゆる場所から来て、一所懸命に生きている移民だった。彼らに付随する夢、希望、失望、どん底。ニューヨークを彩る「メルティングポット」(人種のるつぼ)を代表するのは、安定した職業や秩序を思わせる東側ではなく、西であり続けた。

 ところが近年、マンハッタンの東西は、あまり見分けがつかなくなった。西も東も家賃が上がり続け、お金持ちしか住めないようになり、人種的な彩りをそえる移民が住めなくなったからだ。「西」の危険な香りがする世界も一掃されてしまった。

 私も、しばらくウェストサイドに住んだが、アパートの住民はほとんどが白人。午後の歩道では、黒人のベビーシッターに連れられた白人の子供が、おやつをせびる。夕方は高級スーツやブランド服の男女が、高そうな犬を散歩させる。食べ物、クリーニング、ネイルサロンにいたるまで、物価が異常に高い。

 

ニューヨークの下町クイーンズ

 そこで半年前、半ば現実離れしたウェストサイドに飽きて、マンハッタン島の東にあるクイーンズという地域に引っ越した。東京に喩(たと)えれば、青山のマンションから、北千住の下町に引っ越したような感じだ。

 新しいアパートの住人は、困惑するほど、さまざまな人種が混じっている。同じフロアに住む仲が良いフランス人は、ニューヨーク市警のアカデミーに通い、警官を目指している。管理人はアルバニア人の電気工、 お向かいのプエルトリコ人は元ドラァグクイーン(女装家)で、お隣はインド人だ。朝起きると、インドの音楽が厳かに聞こえ、夕方はアパート前の歩道にアルバニア人が集まって濃いコーヒーを飲んでいる。

 

乳母車が多く、空が広いクイーンズの日常風景

乳母車が多く、空が広いクイーンズの日常風景

 

 近所付き合いも盛んだ。

「おいしいソーセージがあるけど、食べてみる?」

「グリーンティーの煎れ方を教えて」

「ニンニクを2かけら、分けてくれる?」

「今夜、皆既月食を見たい人は、屋上に集合。ワイン歓迎。あったかい野菜スープあり」

 ニューヨークで暮らすようになって、まさに「味噌、醤油」、いや、「ニンニク、玉ネギ」を貸し借りするような助け合いのご近所を経験するのは初めてだ。

 

メルティングポットでサバイバルゲーム

 アパートの建物を一歩出ると、これもまさにメルティングポットだ。

 ポーランドの肉屋、コロンビアのレストラン、ドイツのビアホール、中国人のクリーニング屋。レストランで英語を話すウェイターがいないため、メニューを指差して注文し、ナイフがほしいと身振りで伝える。肉屋に入り、スーパーマーケットとあまりにも異なる品揃えに、注文の言葉が出てこない。日々がサバイバルゲームだ。

 

一見普通の角の食品店(デリ)、中に入るとポーランド系のソーセージ屋

一見普通の角の食品店(デリ)、中に入るとポーランド系のソーセージ屋

 

 違法と思われるチンピラももちろんいる。歩いていると、電線にスニーカーがぶら下がっている。ドラッグを売るギャングが縄張りを示す目印だ。

 うまい具合に人種が混ざって、仲良く暮らしているかと思うと、落とし穴もある。アルバニア人のコーヒー井戸端会議に加わっていたら、こう聞かれた。

「バルカン半島でどこの国が好きか」

 危ない、危ない。バルカン半島をめぐっては、初の世界大戦が勃発(ぼっぱつ)し、オーストリア・ハンガリー帝国などの大国が滅ぶにいたった。いい加減なことは言えない。すぐに話題を変えた。

 今、私が目の当たりにしているクイーンズの混沌とした移民社会は、過去のマンハッタンにも息づいていた。さまざまな人種がコミュニティーを形成し、助け合うと同時に、人種間の摩擦が幾度となくあった。

 19世紀初頭のアイルランド人と米国生まれの市民の間で起きた対立は、マーティン・スコセッシ監督の映画『ギャング・オブ・ニューヨーク』に生き生きと描かれている。1950年代の白人とプエルトリカンの対立は、ミュージカル『ウェストサイド物語』に描かれた。

 ニューヨークは多くの人にとって夢を意味する「アメリカ」そのもの、そして「どこかへ」と思っている人たちの終着駅でもある。そこで起きる、思いがけない摩擦や葛藤(かっとう)は、映画やブロードウェイミュージカルの名作の題材を提供し続けてきた。ネタの中心だったマンハッタンのウェストサイドは様変わりした。しかし、実は反対側の東へ東へと、「ウェストサイド」が移動し続けている。

 私は今、東のクイーンズで、「ウェストサイド」を日々、肌身で感じている。

 

マンハッタンのような大都会で見なくなった子どもの乗り物も

マンハッタンのような大都会で見なくなった子どもの乗り物も

 

※写真はすべて筆者提供



プロフィール

津山恵子(つやま・けいこ)

ニューヨーク在住ジャーナリスト。主に雑誌『アエラ』に執筆している。ノーベル平和賞受賞のマララ・ユスフザイ、フェイスブック最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグなどに単独インタビュー。元共同通信社記者。趣味はヴィオラ、ヴァイオリン演奏。日本では、藤沢市民交響楽団に所属していた。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2016年4月27日(水)7:00pm  2016年4月28日(木)7:00pm

第1834回定期公演Bプログラム サントリーホール

バーンスタイン/「キャンディード」序曲

バーンスタイン/「オン・ザ・タウン」―「3つのダンス・エピソード」

「ウェストサイド物語」―「シンフォニック・ダンス」

マーラー/交響曲 第4番 ト長調*

指揮:レナード・スラットキン

ソプラノ:安井陽子*

 

 

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