NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

デンマークの住とデモクラシー

デンマークの住とデモクラシー

西英子

 

デンマークの住宅政策

 「福祉は住宅にはじまり住宅に終わる」

 これは、北欧型福祉国家を表現するものであるが、「住宅」は「住まい」であり、「住まい方」である。住宅は単なる雨風をしのぐためのハコではない。心身ともにくつろぎ、家族や周辺知人とつながる場所。年齢や就業の有無、所得の高低、心身の健康状態の違いによって、どこにどう住むかの選択が限定されたり、脅かされたりする社会であってはならないが、私たちの社会の実情は厳しい。空き家がどんどん増加している一方で、新築住宅が次から次に建てられている状況を見ると、まるで住宅は商品であり消耗品のようである。気候風土の違いがあるとは言え、デンマークをはじめヨーロッパの国々と比べるとわが国の住宅寿命は極端に短い。自分のライフステージに合わせて住み替えをし、または買い替えをしながら、最終的に自宅で高齢期を迎え、自分にとっての居心地のよい場所で最期を迎えることができるなら、どんなに心穏やかだろう。

 

コペンハーゲン旧市街地の住宅

コペンハーゲン旧市街地の住宅

 

 福祉国家デンマークの住宅政策は、誰もが文化的健康的な生活を営み、地域社会とつながりをもつことを重要課題として進められてきた。時をさかのぼること19世紀半ば、工業化に伴いコペンハーゲンの旧市街地に暮らす多くの労働者住宅は、中高層で、狭小、高密な劣悪不衛生なものであった。19世紀後半、労働者街を襲ったコレラによる住環境悪化の深刻な問題に立ち上がったのは、コペンハーゲンの医師E.ホーネマンらである。旧市街地のはずれに約500戸の「医師組合住宅」を建設し、共用スペースも設けられた。後のデンマークの住宅建設のモデルとして多大な影響を与えている。

 

コペンハーゲンの「医師組合住宅」

コペンハーゲンの「医師組合住宅」

 

 20世紀に入ると、デンマーク初の協同組合住宅協会である労働者協同組合住宅協会が設立され、類似の協同組合住宅協会も全国各地に広まっていく。こういった組合運動が高揚したデンマークでは非営利団体による住宅供給も積極的に行われていった。

 デンマーク独自の居住者の住宅への積極的な関与は、「テナント・デモクラシー」と呼ばれ、デンマーク社会の根底に流れる「デモクラシー(demokrati)」の生きた姿とも言われる。賃貸の居住者であっても、居住者代表らによる組織をつくり、関係機関との協議のもと、居住者が主体的に住宅の維持管理、運営に関わっていくのである。

 

デンマーク社会の根底にあるデモクラシー

 とにかく、デンマーク社会のあらゆる場面で、このデモクラシーということばを見聞きする。デモクラシーは、社会のなかに、また、彼ら一人ひとりのなかに、確かな誇りをもって存在しているのだ。日常生活のなかでは、目が合えば笑顔を交わし、ひとが集まれば何やら議論のような、おしゃべりのような会話が日常的に繰り広げられ、生活はいきいきと輝いている。

 日常生活の身近には、「地域の家(Kvarterhuset)」がある。いわゆるコミュニティセンターのようなもので、例えば、移民難民の集住するエリアにおいては住民が孤立しないよう、少しでも地域に出向き社会的なつながりを構築していけるよう図書館の機能をもたせたり、カフェを併設したり、気軽に出向ける工夫がある。一人ひとりの身近にあり、気軽に立ち寄れる第2の家のようである。

 

コペンハーゲンの「地域の家」

コペンハーゲンの「地域の家」

 

 大学生の自主的な管理運営で広く一般に開放されている「学生の家(Studenterhuset)」も面白い。時には、まじめな政治議論をし、時にはパーティーで飲み騒ぎ、深夜までおしゃべりは延々と続く。自宅でもなく学校でもない、自由な場。

 

 こういうデンマークの場(家)づくりは、まちづくりの現場で大いに発揮される。まちづくりの現場では、住民、行政職員、他関係者、関係団体が同じテーブルにつき、ビジョンを共有していく。試行錯誤を繰り返しつつも、バックキャスティングという手法(先にビジョンや目標を設定して、そこから戻って「今何をすべき?」と考える方法)により合理性透明性を図りながら物事が進行する。

 かつて、デンマークの政治学者H.バンらは、19世紀以来の労働街、庶民街であり、移民難民が集住し、文化的多様性に富むコペンハーゲンのノアブロ地域での調査から、この地域の様相を「下からの民主主義(Demokrati fra Neden)」と表現した。地域の長老でもなく、名声や権威ある立場の個人でもなく、いわゆる素人庶民が、地域の世話をし、調整役を担い、互いに直接に議論をすることを通じて理解し合うかたちだ。

 

コペンハーゲンのカフェはおしゃべりと議論の場

コペンハーゲンのカフェはおしゃべりと議論の場

 

 「まちづくり」という言葉は、きっと、個人の自律の上にあるのだろう。当然のように各都市、各地域の課題には正しいやり方や正解はなく、知恵と工夫、試行錯誤の繰り返しの結晶が解となる。

 個人の生き方、しあわせや喜びといった主観的なことに一般解はなく、お金やモノ、地位や評価等の外部基準には頼れない。福祉国家デンマークが、19世紀来、貧困層や弱者ばかりでなく「みんな」を対象とし、「あなたはどう生きたいですか」と問い、考え続けているからこそ、デモクラシーは深化する。

 今日も、どこか道端で、カフェで、あちこちで、彼らの議論が続いていく。

 

※写真はすべて筆者提供



プロフィール

西英子(にし・えいこ)

1974年、長崎市生まれ。奈良女子大学大学院博士後期課程修了後、デンマーク・コペンハーゲン大学政治学研究科客員研究員。2005年より熊本県立大学環境共生学部にて、都市・住宅政策、まちづくり研究を行う。著書に『デンマークのユーザー・デモクラシー』、『福祉国家デンマークのまちづくり 共同市民の生活空間』他。

 

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2016年2月12日(金)7:00pm  2016年2月13日(土)3:00pm

第1830回定期公演Cプログラム NHKホール

ブラームス/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77

ニルセン/交響曲 第5番 作品50

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン

 

ニルセン(1865~1931)はデンマークを代表する20世紀の作曲家、円熟期の《交響曲第5番》からは会話を大切にする国民性がうかがえるかもしれない。

 

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