NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

福川伸陽

福川伸陽

ホルン

ふくかわ・のぶあき

神奈川県出身。これまでにホルンを丸山勉、田中正大、ブルーノ・シュナイダーの各氏に師事。2008年第77回日本音楽コンクール・ホルン部門で第1位受賞。2003年に日本フィルハーモニー交響楽団に入団。2006年、財団法人(現・公益財団法人)アフィニス文化財団の海外研修員としてイギリスで研鑽を積む。2013年4月1日入団。現在、洗足学園音楽大学、フェリス女学院大学、昭和音楽大学の非常勤講師として、後進の指導にもあたっている。

 

両足でしっかりと立ちたい

華恵

ホルンという楽器との出会いはいつ頃ですか?

 

福川

小学生の頃に大好きだった『スター・ウォーズ』『インディ・ジョーンズ』『スーパーマン』といった映画、その映画音楽がすごくかっこいいなと憧れて。映画音楽の花形のトランペットを吹きたくなりました。中学で吹奏楽部に入り、「トランペットやりたい」と言ったら、1人しか枠がなかった。その1席をめぐり、友達とジャンケンで決着をつけることになり、僕はチョキを出して負けました。いまだにジャンケンの最初にチョキを出すのが怖いくらいのトラウマです。

 

華恵

ではホルンはしかたなく?

 

福川

しょんぼりしている僕を見て顧問の先生が「歯並びがホルンに向いている」と慰めてくれて。あの時パーを出していたら、今僕はここにはいないと思います。

 

華恵

運命の分かれ道だったんですね。

 

福川

大学を辞めてオーケストラに入ったのもいわば偶然みたいなものだから、偶然に左右されて生きてきていますね。

 

華恵

途中で念願のトランペットに変更するということはなかったのですか。

 

福川

ジャンケンでトランペットを勝ち取った友達は1ヶ月で吹奏楽部を辞めたんですよ。だからトランペットに変えてくれと訴えましたが聞き入れてもらえず、渋々続けているうちにどんどんホルンが好きになってきちゃって。

 

華恵

ホルンのどこが好きになりました?

 

福川

父がクラシックが好きだったので、オーケストラのレパートリーを聴かせてくれました。ベートーヴェンのシンフォニーのホルンが奏でるフレーズや、マーラーの《大地の歌》の冒頭など、挙げればきりがないほど。「ホルンの音は本当にいい音だね」と言った父の言葉も忘れられません。さらにモーツァルトの《ホルン協奏曲》のCDを買ってきてくれて、部活の先輩達とは比べものにならないぐらい美しい音色と音楽に初めて触れて、続けようと決心しました。中学1年の夏にはこのホルン協奏曲を吹いていたくらい、急速にのめり込んでいきました。

 

 

 

華恵

ロンドンに留学されたのですね。

 

福川

ロンドンを選んだ理由は、あまのじゃくのところがあって、みんなとは違った場所に行きたいと思ったのが1つ。それからロックが好きだったので、ビートルズやクイーンを生んだ町に行ってみたい、と思ったこと。最大の理由は、イギリスにはデニス・ブレインという素晴らしい奏者がいたから。現代ホルンのパイオニアです。彼のおかげでイギリスのホルンのレベルというのは本当に高いんですね。豊かな音色でありながら単色を濃淡で表現するような簡素さもある。そんなイギリスのスタイルを学びに行きたいと思ってのことです。

 

華恵

成果はありましたか?

 

福川

ずっと練習していましたね。夜は音楽会に行ったりオペラを観たり。本当に音楽に集中して過ごしました。

 

華恵

舌から血が出るほど練習されたと聞きました。

 

福川

負けず嫌いなので、できないテクニックや、越えたいハードルがあった時はできるまで頑張りたいんです。ホルンというのは保守的な部類の楽器なので、 オーケストラ・プレイングをしてるだけでも楽しい楽器ですが、ソロや室内楽の楽器として捉えると全然違う世界が開けているんです。

 

華恵

ホルン協奏曲だったらすぐに思い浮かびますが。

 

福川

ホルン協奏曲はモーツァルトやリヒャルト・シュトラウスが書いてくれています。でもピアノとのデュオで、有名な作曲家の曲だけでコンサートをしようとすると2晩ぐらいで終わってしまいます。僕は委嘱などをしてソロのレパートリーを増やしていければと考えているんです。ソロに向けてテクニックを磨くことを必死にやっていると、同時にオーケストラでの演奏のクオリティ向上にもつながってきます。

 

華恵

ソロで初めて必要になるテクニックは、オーケストラで発揮できるものですか。

 

福川

それはどうでしょう。例えばすごく速いフレーズというのは、木管楽器が演奏するものですよね。オーケストラは役割分担がうまくできていますから。全員で1つの楽器となってオーケストラとしての色を奏でることのほうが大事でしょうからね。

 

華恵

それはN響に入られてから考えるようになったことですか。

 

福川

N響はカラーが強くあるオーケストラだと思うので、そのカラーの中での自分の立ち位置をつかんで、自分の両足でしっかり立ち、ホルン・セクションを引っ張っていける存在になれたらなと思っているんです。

 

華恵

N響に入団されて間もないですが変わったことは?

 

福川

演奏に対するモチベーションが常に一定していて、高みを見ていけるところですね。

 

華恵

これからどういう演奏家になっていきたいとお考えですか。

 

福川

難しいなぁ。1つの音をポンと出した時にオーケストラの色がフッと変わるような奏者になりたいと思っています。それぐらい存在感のある、1つの出だしの音だけで人をハッと惹きつけられる奏者になりたい。一方で、全体の音楽の魅力を伝える演奏家でもありたい。1つの音だけじゃなく、隅々まで聴いてもらって「あぁ、今日のコンサートは本当によかったね」って言ってもらえるような演奏家になりたいとも同時に思います。矛盾するようですが。

 

華恵

全体も見つつ、流れを変えるきっかけにもなりたいと?

 

福川

オーケストラという美しい時計の歯車の1個だけれど、その時計全体を動かしているのは自分だという自覚と、その時計がどういう時計か知っていないと自分の歯車の位置や役割をつかめない。飛び出た歯車になってしまわないようにと思いながらも、歯車そのものとしても美しくありたいですね。

 

写真撮影 ― 藤本史昭

2013年7月取材 ※記事の内容およびプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

華恵

聞き手

華恵

はなえ

1991年アメリカ生まれ。6歳から日本に住む。2003年、12歳で『小学生日記』を刊行し、エッセイストとしてデビュー。NHK BSプレミアム「世界遺産~一万年の叙事詩~」でのナビゲーター、連載エッセイなど、幅広く活躍中。現在、東京藝術大学音楽学部楽理科に在学中。