NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

石山直城

石山直城

ホルン

いしやま・なおき

静岡県出身。1988年、武蔵野音楽大学卒業。同年、神奈川フィルハーモニー管弦楽団入団。2013年4月1日入団。ホルン奏者。これまでに、須山芳博、故田中正大両氏に師事。

 

まだまだ、あの域まで行かなければ

華恵

2013年4月に入団されたばかりですね。もうなじまれましたか?

 

石山

だんだん慣れてきましたが。最初はびっくりしましたね。前のオーケストラで23年も仕事をしてきたのに、N響に入団した途端に知らない曲がいっぱい出てくるんです、次から次へと。

 

華恵

N響が珍しい曲を採り上げるということですか。

 

石山

普通、オーケストラはそれぞれにレパートリーがある程度あると思うのですが、N響の場合は、それがすべての楽曲なので、次に何が来るのかわからないし、何が来てもおかしくない。

 

華恵

最初の楽器との出会いを教えてください。

 

石山

実家がお寺なんです。田舎のお寺で部屋がたくさんあったので余った部屋をピアノ教室に貸していたんです。僕は楽器が好きだったものですから、 レッスンしているのをよく見に行っていたらしい。頻繁に来て隣で見ているので、先生が親にピアノを勧めたみたいです。その後始めたんですけど、ピアノ自体は嫌ではなかったのですが、ある時先生が単音だけを弾いて「はい、何の音?」って始めるんです。今思えば絶対音感をつけさせようとしたのでしょうけど、わからないと怒られる。そのレッスンが嫌で嫌でしかたなくて、結局3か月でやめてしまいました。

 

華恵

ホルンとはどのように出会ったのですか?

 

石山

小学生の頃、隣の中学校からブラスバンドが練習しているのが聞こえて、金管楽器に興味を持つようになりました。中学に入学し部活動の第1希望に当然ブラスバンドと書いたのですが、第3希望の水泳部になってしまったんです。どうしてもブラスバンドをやりたかったので大抗議をした結果、1週間遅れで入部させてもらえました。その時残っていた楽器がホルンだったんです。

 

華恵

金管楽器だったら何でもよかったんですか?

 

石山

トロンボーンかホルンならと。中音域がよかったんでしょうか。ホルンに当たって、万々歳でした。

 

華恵

その後、ほかの楽器に目移りすることはなかったのですか?

 

石山

なかったですね。チェロを習ってみたいなと思ったことはありますけど。

 

華恵

では、熱心に取り組んできたのですね。

 

石山

いや、そうでもないんです。大学ではその当時N響の首席ホルンだった田中正大先生に習っていたんですが、全然練習しなかったので、4年間怒られっぱなしで終わりました。もっと練習しておけばよかったと今になって思います。

 

 

 

華恵

どこの時点で改心となったのですか?

 

石山

31歳の時にまったく音が出なくなってしまったんですよ。「プスーッ」って感じになってしまう。仕事を忙しくしていて、ちゃんと自分のケアをしないでいたら、なんだか調子が悪いなと思っているうちに、まったく音が出なくなってしまって。その時所属していたオーケストラを1か月休ませてもらって、毎日一日中練習しました。結局調子は戻らなかったのですが、1か月の約束だったのでそのまま復帰ました。ごまかしながら仕事をして、だんだん元に戻していったんです。いや、戻したのではなく、新しい奏法に作り変えたという感じですね。

 

華恵

音が出なくなるなんて、そんな恐ろしいことはあるんですか?

 

石山

ホルンには結構多いんですよ。第一線で活躍していた人でも突然音が出なくなってしまって、そのまま戻らないケースすらあります。僕は幸いなことに戻りましたけど。原因も分からない。突き詰めて考えたら、そもそも何で音が出ているのかが、自分でもよく分からないからじゃないか。だから対処法が分からないんですよね。そういう怖さを経験しているので、36、7歳のころからは練習をしないといられなくなりました。

 

華恵

今後こういう演奏をしたいという抱負をお聞かせください。

 

石山

初めてN響にエキストラで呼んでいただいたのが20年以上前です。マーラーの《交響曲第1番》でした。松崎裕さんが1番で、山本真さんが2番を吹いていらっしゃいましたが、素晴らし過ぎて「何だろう、この世界は」と、この世のものとは思えないような強烈な印象でした。そういう所に今、所属しているわけなので、ああいうふうにならなければいけないというプレッシャーが強くあります。あの域まで行かなきゃならない。あの域にあるのがN響なんだと考えると、もうかなりの歳なんですけど 、まだまだ伸ばしていかなきゃ、もっと上がっていかなければいけないと思っています。

 

写真撮影 ― 藤本史昭

2013年7月取材 ※記事の内容およびプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

華恵

聞き手

華恵

はなえ

1991年アメリカ生まれ。6歳から日本に住む。2003年、12歳で『小学生日記』を刊行し、エッセイストとしてデビュー。NHK BSプレミアム「世界遺産~一万年の叙事詩~」でのナビゲーター、連載エッセイなど、幅広く活躍中。現在、東京藝術大学音楽学部楽理科に在学中。