NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

森田昌弘

森田昌弘

ヴァイオリン

もりた・まさひろ

北海道出身。桐朋学園大学在学中より在京オーケストラのゲストアシスタント・コンサートマスターを務め、ストリング・アンサンブル・ヴェガのメンバーとして活動を行った。軽井沢国際音楽祭などで国内外の著名なアーティストと共演するほか、桐朋学園大学オーケストラ・アカデミー招聘講師も務める。1995年12月1日入団。第1ヴァイオリン奏者。

 

オーケストラの良い部品になりたい

華恵

ヴァイオリンという楽器との出会いはどのように?

 

森田

3歳ですね。札幌の保育園に通っていた時に弦楽四重奏のコンサートを聴きまして、ヴァイオリンをやりたいと親にお願いしたようです。両親は音楽畑ではないので、ヴァイオリン教室を電話帳で探して、連れて行ってもらいました。そうしたら一番最初に出会った先生にいきなりダメ出しを食らいまして。

 

華恵

何がだめだったんですか。

 

森田

まだ3歳の子どもにむやみに言いなりに与えてはいけない、というのがその方の教育方針だったようです。それで楽器をまだ買わずに他の生徒さんのレッスンを聴きに来なさいということになって、半年間、見学に通いました。

 

華恵

見学をしていた期間は悔しい思いでした?

 

森田

言いつけ通りに、他の子どもたちのレッスンを下から見上げていましたが、眠ってしまうこともたびたびでした。半年が経ってから「本当にヴァイオリンをやりたいのか」と意志を確認され、「やりたい」と答えたらしいんです。そこでやっと4歳の誕生日にヴァイオリンを買ってもらい、習い始めました。

 

華恵

その後も楽器を変えたいと思うことはなかったんですか。

 

森田

好きな曲ばかり弾いていましたから、基礎的な練習やトレーニング的なことをどうしても疎かにしがちになり、苦労した記憶はありますが、他の楽器に変わろうとは思いませんでした。

 

華恵

ヴァイオリンと出会って一番良かったと思うことは?

 

森田

学校を卒業して比較的すぐN響に入れていただいたので、他での社会経験はありませんから、N響で教わったことがすべてと言えます。自分の育った環境とはまるで違う歴史的背景や文化的素養を持つ世界各国の指揮者の方々やソリストの方々と一緒に演奏会をするという体験ができるのは、本当に恵まれていると思います。

 

 

 

華恵

音楽以外で趣味は何ですか。

 

森田

コンサートホールという自然の光のない所で仕事をしていると、日差しの当たるところでのびのび遊びたいなと思い、ゴルフをやります。

 

華恵

N響に入られてからですか?

 

森田

中学生の時に同好会みたいな形で始めました。担任でなおかつ音楽の先生が、ゴルフ同好会の顧問の先生でもありました。放課後は毎日、ゴルフの打ちっ放しに連れて行ってくれたんです。しばらく遠のいていましたが、N響のメンバーの中でゴルフが流行っていまして、ここ10年くらいはしばしば仲間と日の光を浴びて楽しい休日を過ごしています 。

 

華恵

ゴルフで使う筋肉とヴァイオリンで使う筋肉には何か関係はありますか。

 

森田

人それぞれだと思いますが、僕の場合はほとんど関係ないです。ゴルフで使う筋肉がヴァイオリンに悪影響を及ぼすとは、感じたことがないですね。

 

華恵

N響に入って18年間のなかでの最も大きな経験はなんでしょうか?

 

森田

忘れられないのは、とんでもないアクシデントの体験です。2001年のサヴァリッシュ先生の演奏会でした。NHKホールで、第1ヴァイオリンのセクションの、客席から向かって一番左の隅の手前に座っていたんです。当時のNHKホールで使われていた椅子の背もたれを、一番上のストッパーの位置に調整しようとしたら、不具合のせいで背もたれが止まらずに、ものの見事に吹っ飛んでいってしまったんです。一番後ろの席で幸いでした。ちょうど篠崎さんのチューニングが終わった時で、お客様も演奏が始まるのを待っていたところに、「ドッドド!」という大音響とともに背もたれが空を飛びまして。 3300人の注視と失笑のなか、拾ってきて椅子を直さなくてはならなかった。

 

華恵

とんだハプニングでしたね。

 

森田

N響の歴史に残る「珍プレー」でしょうね。舞台袖で待機されていたマエストロも「会場が沸いているのはどうしたのだ」とおっしゃったそうです。そのときの1曲目のR.シュトラウスの《ドン・ファン》はまったく演奏に集中できなかったですね。ヴァイオリンのパートは楽譜の見開きの右のページから始まるんですが、そこから2ページ分くらいは自分が何を弾いているのかも分からない状態でした。今でこそ笑い話になりましたが。

 

華恵

今後の演奏家としての抱負をお聞かせください 。

 

森田

N響に入って18年、23歳の頃に分からなかったことが今ようやく分かるようになったこともあります。23歳は若さはあったけれども、知識と経験がなかった。いろいろな経験を積んだ指揮者の方や先輩とたくさんご一緒させていただいて、現場で学んでこれました。自分なりのいい経験をもっと積んで、音楽的にも太って行きたいです。ひょっとしたらこれからまだ20年近く弾いていると思うのですが、最後まで自分の思ういい演奏ができればいいですね。オーケストラは自分一人ではできないもの、ステージ上に100人乗って一つの音楽ができる。その中の一部品、良い部品になれることを望んでいます。

 

写真撮影 ― 藤本史昭

2013年5月取材 ※記事の内容およびプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

華恵

聞き手

華恵

はなえ

1991年アメリカ生まれ。6歳から日本に住む。2003年、12歳で『小学生日記』を刊行し、エッセイストとしてデビュー。NHK BSプレミアム「世界遺産~一万年の叙事詩~」でのナビゲーター、連載エッセイなど、幅広く活躍中。現在、東京藝術大学音楽学部楽理科に在学中。