NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

小野 聡

小野 聡

ヴィオラ

おの・さとし

福島県出身。1984年山形大学教育学部卒業後、札幌交響楽団入団。1987年10月から1年間フライブルク音楽大学に留学し、ウルリヒ・コッホに師事。帰国後、1989年12月まで首席代行ヴィオラ奏者を務める。1990年9月1日N響入団。N響メンバーによる「クァルテット・リゾナンツァ」メンバー。

 

髙橋

いつからヴィオラを弾くようになられたのですか?

 

小野

大学時代からです。

 

髙橋

プロをめざして……

 

小野

いいえ、最初はまだプロを目指す気持ちはありませんでした。

 

髙橋

そういえば、音楽大学ではない大学を卒業して交響楽団に入り、その後ドイツに留学されてますよね。プロの音楽家になろうと思われたきっかけはなんだったのですか?弦楽器との出会いは?

 

小野

父がチェロを弾いていました。趣味ぐらい持っていたほうが良いと、ヴァイオリンを習わせてくれたのです。兄は福島市ジュニア・オーケストラに、私はFTVジュニア・オーケストラ(福島テレビが開局10周年行事の1つとして1973年に設立)で弾いていました。私がいた頃は、指揮者では森正さんや渡邉暁雄さん、ピアニストの渡邉康雄さんなど日本の一流指揮者や演奏家をどんどん呼んでくれて、毎年1回コンサートを開いていました。

 

髙橋

高校では?

 

小野

ちょうど管弦楽部が立ち上げられた少し後で——山形大学の特音(教育学部特設音楽科。現・教育学部総合教育課程音楽文化コース)を卒業した先生が熱心に立ち上げられたのです——、音楽に興味のありそうな生徒は片っ端から勧誘されました。私も入部させられ、ジュニアオーケストラと掛け持ち状態でした。
ちょうどその頃、兄が東京藝大に受かり、母から「あなたも音楽の道に行かなくていいの?」と聞かれて、最初は生返事をしていたのですが、高3の頃、自分も音楽の先生になろうと思い、部活の先生に相談し、山形大学に行くことになりました。流されやすい性格なのでしょうか(笑)。

 

髙橋

でも結局、先生への道は歩まれなかったのですが、どこで方向転換されたのですか?

 

小野

大学3年生の頃、山形交響楽団にエキストラで行くようになり、とても興味を覚え「やはり、演奏は楽しいな」と思うようになりました。
先生になろうとは思ったものの、ピアノが得意ではなく、また、教育実習に行った折、どうも自分は先生には向いていないのではないかと感じていました。  そんな時、ヴァイオリンの師が「ヴィオラでやってみたら?」と札幌交響楽団のエキストラの仕事を持ってきてくれたのです。弾き始めていくうちに、だんだんはまって…。

 

髙橋

ドイツに留学したのは?

 

小野

そこまでは「なんとなく来てしまった」という感じで、兄にも「それでは良くない」と言われ、兄が知遇を得ていたウルリヒ・コッホ先生に習うためにフライブルク音楽大学に留学しました。

 

髙橋

名手コッホ先生のレッスンは楽しいものでしたか?

 

小野

厳しくも楽しいものでした。とにかく名物先生でしたから……、思い出はたくさんあります。ヒンデミット作品に名盤を残していらっしゃる方でもあり、たとえば、ドイツ民謡の旋律を変奏のもとにしている《白鳥踊りの人》では、その旋律に歌詞をつけて歌ってくれたり、イメージをとても膨らませることができました。エチュードなども、先生が弾くと、技巧的な「練習曲」としてだけでなく、素敵な名曲のように魅力的に響くのを聴くにつけ、音楽の奥深さと自分の未熟さをひしひしと感じました。
ですので、アパートの下の住人に「私は日本から音楽の勉強に来た!だから練習をしたい!しかし午前8時前にはしないし夜9時以降はしない!」と、紙に下書きを書いて挨拶に行ったら、そこのご夫婦に面白がられたのか仲良くなり、よく遊んでもらいました。ドイツ人は朝暗いうちから働き、夕方にはさっさと終業し、5時ぐらいにはもう飲み始めていたり、ゆったりと余暇を楽しむ人が多いようでした。ご夫婦には、田舎の村祭りや街のワイン祭りなどにも連れていっていただき、ドイツ人の生活の雰囲気を身近に味わうことができました。  また妻の妹が結婚してザルツブルクに住んでいましたので、そこに妻と0歳の長男と皆で1か月居候させてもらい、カラヤン指揮の《ドン・ジョヴァンニ》、シュタイン指揮の《後宮からの誘かい》、アルバン・ベルク弦楽四重奏団のベートーヴェン全曲等々、通い詰めました。短期留学でしたので、かなり貪欲だったと思います。ウィーンには2度行きました。券は取れていないのに、カルロス・クライバー指揮のウィーン・フィルをぜひ聴きたいと会場の前に並んでいたら、見ず知らずのご婦人が券を譲ってくれて、モーツァルト《リンツ》とブラームス《交響曲第2番》を聴くことができました。天上のような音楽を聴き幸せ一杯になり目頭が熱くなる、という貴重な経験をすることができました。ムジークフェラインザールが、またなんとも言えない響きを醸成するのでしょうね。2005年の海外公演でこのホールの定期公演としてN響が演奏する機会を得ましたが、本番の開場前に誰も舞台上で音を出していない時間があり、1人で弾いてみたのですが、何とも言い表せない心地良い響きでした。

 

髙橋

弦楽四重奏も活発になさっていらっしゃいますね。

 

小野

オケなら、指揮者が振り、コンサートマスターがオケ全体を率い、各セクションには首席がいてと、それぞれが役割を果たすわけですが、弦楽四重奏では各人が1人でそれらの役割を担いますので、オケとは異なる充実感がありますし、また、弦楽四重奏で学んだことは確実にオケでの演奏にもフィードバックされると思います。

 

髙橋

同じセクションにお兄様がいらっしゃいますが……

 

小野

兄は、年齢も6年離れているので、小さい頃は僕にとって第2の父親でした。ヴィオラの勉強をもっとした方が良いと言ってくれたのも兄でしたし。

 

髙橋

似ていらっしゃるのでしょうか?

 

小野

どうですか?楽器を弾いている姿は似ていると言われることもありますが……、何故か、兄の方が若く見られるようですね。

 

髙橋

ヴィオラの魅力、これからも楽しみにしています。

 

写真撮影 ― 堀田正矩
「フィルハーモニー」2008年11月号掲載 ※ 記事の内容及びプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

髙橋美鈴

聞き手

髙橋美鈴

たかはし・みすず

NHKアナウンサー。北海道出身。東京大学卒業。1994年NHK入局。「美の壺」「日本の伝統芸能」等や、「探検ロマン世界遺産」リポーターとしても活躍。